🌵 はじめに:丸いグラキリスの正体を「分類」と「自生地」から見直す
パキポディウム・グラキリスの前に立つと、丸く膨らんだ塊根と細い枝のコントラストに目を奪われる人が多いです。多くの栽培者が「どうすれば、この丸さと雰囲気を壊さずに大きく育てられるのか」と考えますが、その答えは意外なほど地味な場所にあります。それは、グラキリスという植物がどのような仲間に属し、どのような環境で進化してきたのかという、きわめて基礎的な情報です。
この記事の結論を先にまとめると、パキポディウム・グラキリスはキョウチクトウ科の「乾いた岩山に張り付いて生きる低木」であり、その分類学的な立ち位置とマダガスカル南中央部・イサロ山地の苛烈な環境を理解すると、栽培で優先すべき条件が自然に見えてきます。具体的には、強い光、極端な排水性、雨季と乾季のメリハリのある水管理の三つが、グラキリスの形と健康を決める軸になります。
この第1回では、実際の育て方に踏み込む前に、グラキリスという種とパキポディウム属全体の「プロフィール」を整理します。分類の話だけに終始せず、自生地の風景や気候に触れながら、「なぜ丸くなるのか」「なぜ水に弱いのか」といった疑問を、地理と進化の視点から紐解きます。
🧬 パキポディウム属の立ち位置:どんな仲間で、何が特別か
パキポディウム属(Pachypodium)は、キョウチクトウ科(Apocynaceae)に属する多肉質の低木・小高木のグループです。キョウチクトウ科は、有毒な乳白色の樹液をもつ種類が多いグループで、街路樹として知られるキョウチクトウや、砂漠のバラと呼ばれるアデニウムもこの仲間に含まれます(Burge, 2013)。パキポディウム属はその中でも、茎や根が肥大して塊根(かいこん)を作る傾向が強く、乾燥地で水をため込みながら生きる「タンク型」の植物として進化してきました(Rapanarivo et al., 1999)。
塊根植物という言葉は、根や茎の一部が丸く太って養分と水を蓄える植物を指します。サボテンのような「全身が多肉化した植物」と比べると、パキポディウムの特徴は「根元だけが極端に太り、そこから細い枝が伸びる」体型にあります。この形は、雨が少なく岩だらけの環境で、短い雨季に素早く水を吸い上げ、長い乾季に備えるための構造と考えられています(Burge, 2013)。
現在、パキポディウム属はおおよそ21種前後が知られており、その多くはアフリカ南部とマダガスカルに分布します(Burge, 2013)。アフリカ側の種は木のように背が高くなるものが多く、マダガスカル側の種は丸い塊根を持つ低木が多い傾向があります。パキポディウム・グラキリスは、まさにそのマダガスカル系の代表格であり、「丸い塊根」と「黄色い花」で知られるパキポディウム・ロスラツム(Pachypodium rosulatum)の一グループに含まれます(Rapanarivo et al., 1999; Govaerts et al., 2021)。
🔍 グラキリスは「ロスラツムの一員」という位置づけ
園芸では「パキポディウム・グラキリス」という名前が広く使われますが、現在の分類学では、この植物はPachypodium rosulatum subsp. graciliusという亜種として扱われています(Govaerts et al., 2021)。ここでの亜種とは、「同じ種の中だが、自生地や形態が明らかに違うまとまり」を指す単位です。つまり、グラキリスはロスラツムという種の中でも、マダガスカル南中央部にだけ見られる丸いタイプの一群という理解になります(Rapanarivo et al., 1999)。
分類学的な細かい議論は専門家に任せるとしても、栽培者にとって重要なのは、「グラキリスはロスラツムの仲間であり、同じような環境に適応した塊根低木である」という事実です。同じロスラツム系統の仲間(たとえばP. rosulatum subsp. cactipesなど)も、強い日射と乾燥した岩場に生える点で共通しており、光と水の要求性もよく似ています(Rapanarivo et al., 1999)。この「属レベル・種レベルでの共通項」を把握しておくと、新しいパキポディウムを手に入れたときでも、極端に間違った環境設定をしにくくなります。
📛 名前が揺れる理由:学名とシノニムの整理
グラキリスを調べ始めると、ラベルや本によって名前が少しずつ違うことに気づく人が多いです。ある苗にはPachypodium rosulatum var. graciliusと書かれ、別の苗にはPachypodium graciliusとだけ書かれていることもあります。こうした揺れは、分類の考え方が歴史的に変化してきた結果です。
もともと、この植物はフランスの植物学者ペリエによってPachypodium rosulatum var. graciliusという変種として記載されました(Perrier de la Bâthie, 1934)。その後、マダガスカル産パキポディウムの専門書が出版された際に、グラキリスだけを独立種として扱う提案がなされ、Pachypodium graciliusという組み替え名が使われました(Rapanarivo et al., 1999)。さらに時代が進み、系統関係や形態の再検討が行われた結果、「独立種ほどの差ではなく、ロスラツムの中の亜種と見る方が妥当である」という結論になり、現在主流のPachypodium rosulatum subsp. graciliusという形に落ち着いています(Lüthy, 2004; Govaerts et al., 2021)。
このように、一つの植物に複数の名前が存在し、古い文献やラベルがそのまま残ることで、園芸現場では「どれが正しいのか分からない」という状況が生まれます。専門的には、現在採用されている名前以外の過去の名前をシノニムと呼びます。シノニムとは、「以前は使われていたが、現在は統合されている別名」です。パキポディウム・グラキリスの場合、代表的な表記をまとめると次のようになります。
| 表記 | ラテン名 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 現在の標準 | Pachypodium rosulatum subsp. gracilius | ロスラツムの亜種(Lüthy, 2004) |
| 過去の変種名 | Pachypodium rosulatum var. gracilius | 初記載時の変種名(Perrier, 1934) |
| 独立種としての扱い | Pachypodium gracilius | 一時的な独立種扱い(Rapanarivo et al., 1999) |
実務的には、「ラベルや本にどの名前が書かれていても、形態と自生地の説明がグラキリスであれば同じ植物を指している」と考えて問題ありません。ただし、最新の文献に合わせて記述したい場合はPachypodium rosulatum subsp. graciliusを用いるとよいです(Govaerts et al., 2021)。このように学名の変遷を一度整理しておくと、英語文献や輸入ラベルを読む際に迷いが減り、情報の照合が格段に行いやすくなります。
また、日本語表記でも「グラキリス」「グラキリウス」など複数のカタカナ表記が混在します。ラテン語の語尾から見れば「グラキリス」がより忠実な音写ですが、園芸では「グラキリウス」という表記も根強く使われています。どちらの表記で呼んでも差し支えはありませんが、学名との対応を意識することで、海外の情報源と行き来しやすくなります。
🗺️ 自生地・イサロ山地という「設計図」:どんな場所に生えているのか
グラキリスの栽培を考えるうえで、自生地の理解は避けて通ることができません。現在の知見では、パキポディウム・グラキリスはマダガスカル南中央部のイサロ山地(Isalo Mountains)周辺にのみ自生する固有亜種とされています(Rapanarivo et al., 1999; NTBG, 1999; Kew, 2021)。イサロ山地は、ジュラ紀の砂岩でできたテーブルマウンテンや峡谷が連なる景観で知られ、標高はおおよそ300〜1000メートルの範囲に分布します(Llifle, 2023)。
自生地の地形をもう少し具体的に描写すると、グラキリスは主に砂岩の崖、岩棚、岩の割れ目に張り付くように生えています(Llifle, 2023)。足元の土壌は、砂岩が風化した粗い砂粒と、わずかな腐植(枯れ葉などが分解した有機物)からなります。土壌の深さは数センチ程度しかないことも多く、根は岩の隙間を縫うように伸びながら、限られた空間で水と養分を確保しています(Rapanarivo et al., 1999)。このような環境では、水が一度に大量に降ってもすぐに流れ去るため、地面が長時間湿ることはほとんどありません。
気候面では、イサロ山地は「季節的に乾燥する熱帯気候」に属し、雨季と乾季がはっきり分かれています。年間降水量は地点にもよりますが、おおよそ600〜800ミリメートル程度と推定され、しかもその大部分が11〜3月の雨季に集中します(SelfDriveAfrica, 2020)。4〜10月の乾季には、ほとんど雨が降らない月が続きます。日中の気温は雨季に30℃前後、乾季には20〜25℃程度で、標高の影響もあり夜間は10℃台前半まで下がります(SelfDriveAfrica, 2020)。
このように、グラキリスの自生環境を一言でまとめると、「強い日差し、非常に水はけのよい砂岩の岩場、短い雨季と長い乾季」という条件の組み合わせになります。塊根が丸く肥大しているのは、短い雨季に吸った水と養分を長い乾季に使うための「タンク」として機能させるためであり、葉を落として休眠する性質も、この極端な雨季・乾季リズムへの適応と考えられています(Rapanarivo et al., 1999)。
🌿 周囲に生えている植物から分かること
グラキリスが生えている岩場の周囲には、同じく乾燥に強い多肉植物がいくつも共存しています。例えば、多肉ユーフォルビア類、アロエ類、ガガイモ科のつる植物などが同じ岩棚に根を張り、多くの場合、樹木の影ではなく開けた場所に生育しています(Rapanarivo et al., 1999)。これは、グラキリスが直射日光を好むタイプの植物であることを示します。
一方で、谷筋には常緑樹が茂る比較的湿った環境も存在しますが、そこにはグラキリスの姿はほとんど見られません。この分布の偏りからも、グラキリスは「水が豊富な場所」ではなく「水がすぐ抜けてしまう場所」に適応した植物であることが読み取れます。つまり、栽培下で「保水性が高すぎる土」「常に湿っている鉢」を好まない理由は、自生地の景観そのものに埋め込まれています。
🧱 自生地情報を栽培条件に翻訳する
ここまで見てきた分類と自生環境の情報は、栽培条件を設計するときの「設計図」として利用できます。グラキリスが適応してきた環境を踏まえると、家庭や温室でグラキリスを育てる際に守りたい軸は、大きく三つに整理できます。
一つ目は光です。イサロ山地でグラキリスは、ほぼ終日直射日光を浴びながら生きています(Rapanarivo et al., 1999)。したがって、栽培下でも光を強く当てた方が、塊根が締まり、枝が太く短く育ちやすくなります。急な環境変化による葉焼けを避けるために慣らしは必要ですが、基本的な方向性として「明るさを優先する」という姿勢が重要になります。
二つ目は水はけです。砂岩の岩場という設定は、「水がたまらないこと」「空気がよく通ること」を意味します。土を粒子レベルで見ても、粘土質ではなく粗い砂粒の集合体に近く、雨が降っても短時間で抜けてしまいます(Llifle, 2023)。このため、鉢植えでも同じように、水が素早く流れ、根が常に空気に触れられるような用土構成が理想になります。
三つ目は季節性です。雨季と乾季がはっきりしているグラキリスの自生地では、「成長期にはしっかり雨が降り、休眠期にはほとんど降らない」というリズムがあります(SelfDriveAfrica, 2020)。このリズムに合わせて、栽培下でも生育期にはたっぷり水を与え、休眠期には断水に近い管理に切り替えると、植物の生理と環境のズレが少なくなります。
これら三つの軸は、この記事の後半で扱う「光合成と生理」「用土と水分管理」の話と密接につながります。分類や自生地の情報は、一見すると栽培から遠い話のように見えますが、実際には「なぜ徒長するのか」「なぜ根腐れするのか」といった現場のトラブルを説明するための基礎データとして機能します。
🌍 パキポディウム属の中でのグラキリスの個性
次に、同じパキポディウム属の仲間と比べたときのグラキリスの特徴を簡単に整理します。先ほど触れたように、パキポディウム属にはアフリカ側とマダガスカル側の二つの大きなグループがあり、種ごとに樹形や環境適応が異なります(Burge, 2013)。
アフリカ南部に分布するPachypodium namaquanumのような種は、数メートルに達する塔のような姿になり、冬雨地域の気候に合わせて「冬に生長し夏に休む」という逆転した季節リズムを持ちます(Rundel et al., 1995)。一方、マダガスカル側のP. densiflorumやP. brevicauleなどは、グラキリスと同じく丸い塊根と比較的低い樹高を持ち、夏に成長し冬に休むタイプです(Rapanarivo et al., 1999)。
この中でグラキリスの特徴的な点は、塊根の形と枝ぶりのバランスです。グラキリスの塊根は、一般に球形〜やや扁球形で、直径に対して高さが比較的低く、「サッカーボールのようなシルエット」を作りやすいとされています(NTBG, 1999)。枝は塊根の上部から数本に分かれて立ち上がり、葉は枝先にロゼット状に展開します。黄色い花はロスラツム系共通の特徴で、雨季の終わり頃にまとまって咲きます(Rapanarivo et al., 1999)。
つまり、パキポディウム属全体を俯瞰すると、グラキリスは「丸い塊根を強調した造形に特化したロスラツム亜種」という位置づけになります。この視点を持つと、「なぜグラキリスだけがここまで人気なのか」という問いにも答えやすくなります。多くの種が細長く伸びていく中で、グラキリスは塊根部分が最も視覚的に魅力的な形を取りやすく、そのシルエットが鉢物としての価値を高めていると考えられます。
後半では、ここまで見てきた「分類」と「自生地」の情報をもとに、グラキリスの光合成や水分管理のしかたを植物生理学の視点から掘り下げていきます。なぜ乾燥に強いのに根腐れしやすいのか、なぜ冬に水を控えた方がよいのかといった疑問を、具体的な生理メカニズムと結びつけて整理します。
🌞 グラキリスの光合成と水利用:C3植物としての振る舞い
パキポディウム・グラキリスは、多肉植物という見た目から「夜に二酸化炭素を固定する特殊な光合成をする植物」と誤解されることがあります。しかし現在の研究では、パキポディウム属の多くはC3植物として振る舞い、つまり日中に葉の気孔を開いて二酸化炭素を取り込み、光合成を行うタイプの植物であることが示されています(Burge, 2013)。一部の種、例えば南アフリカ産のPachypodium namaquanumでは特殊な振る舞いが報告されていますが、グラキリスを含むマダガスカル系の種については、基本的にC3型の反応が主体と考えられています(Rundel et al., 1995)。
これと対照的な光合成様式がCAM植物(ベンケイソウ型酸代謝植物)です。CAM植物は夜間に気孔を開いて二酸化炭素を有機酸として蓄え、日中は気孔を閉じて蓄えた二酸化炭素を使って光合成を行います。こうすることで、水分損失を最小化する戦略を取ります(Rundel et al., 1995)。グラキリスの場合、葉は典型的なC3植物と同じように日中に光合成のピークを持ち、夜間は呼吸が主な代謝となります。塊根や緑色の幹は補助的に光を受けて光合成に関わる可能性がありますが、主役はあくまで葉です(Rapanarivo et al., 1999)。
このことは、栽培に直接影響します。葉が茂っている時期は、日中に多くの二酸化炭素を消費し、水も蒸散によって失われるため、根からの水の供給を必要とします。一方、乾季に入るとグラキリスは葉を落とし、塊根の内部に蓄えた水分と養分を頼りに、代謝を最低限に抑えて過ごします(Rapanarivo et al., 1999)。葉がない状態では光合成の需要がほぼゼロに近づき、根から吸い上げる水の量もごく小さくなります。このときに鉢内が長期間湿った状態になると、根には水だけがあり、酸素が不足した環境になります。その結果、根が窒息し、根腐れが生じます。
つまり、「葉がある時期にはしっかり水が必要だが、葉がない時期には水をほとんど必要としない」という特性は、グラキリスがC3植物であることと、自生地の明確な雨季・乾季サイクルが組み合わさったものです。水やりのタイミングを判断するときに、「今、葉でどれくらい光合成が行われているか」を意識すると、根の状態と鉢内環境をイメージしやすくなります。
💧 「乾燥に強い」のに「根腐れしやすい」理由
グラキリスに限らず、砂漠や半乾燥地に適応した植物は、「乾燥には強いが、水に浸かることには弱い」という性質を持ちます。この一見矛盾する性質は、根が本来想定している環境を考えると理解しやすくなります。イサロ山地の岩場では、雨が降ると一時的に岩の上を水が流れますが、粗い砂粒と岩の隙間からすぐに抜けていきます(Rapanarivo et al., 1999)。土壌の孔隙には空気がたっぷり含まれており、水が流れた後も根は常に高い酸素濃度の環境に置かれます(Llifle, 2023)。
一方、鉢の中で水はけの悪い用土を使うと、根の周りの孔隙が水で埋まり、空気が押し出されます。その状態が続くと、根は呼吸に必要な酸素を取り込めなくなります。根の細胞は、酸素が不足するとエネルギー代謝が極端に落ち、傷んだ細胞からは炭素源を求めて土壌細菌やカビが侵入します。その結果として見えてくるのが「根腐れ」という現象です。これは「水が多すぎて植物が溺れた」というより、「水で満たされた土壌が、根を酸素不足と病原菌のリスクにさらした」と理解すると、物理的にも生物的にも筋道が通ります。
グラキリスが「乾燥に強い」という言葉の本当の意味は、「根が常に空気に触れている環境であれば、多少水が切れても塊根に貯めた水で耐えられる」ということです。ここで重要なのは、乾燥そのものよりも、根が酸素を確保できるかどうかです。したがって、鉢用土を設計するときには、単に水を減らすのではなく、「水が通り抜けたあとにしっかり空気が残る構造」を意識する必要があります。
🪵 塊根の役割と「丸さ」を生むメカニズム
グラキリスの魅力の中心にあるのが、丸く膨らんだ塊根です。この塊根は、単なる見た目の特徴ではなく、乾燥環境で生きるための機能を複数兼ね備えています。内部構造を簡略化して説明すると、塊根の多くは柔組織と呼ばれる柔らかい細胞の集まりで構成されており、そこに水とデンプンなどの炭水化物が蓄えられています(Rapanarivo et al., 1999)。柔組織の間には維管束が放射状に走り、地上部の枝葉と根の間で水と養分を運びます。
雨季に十分な水と光を得たグラキリスは、葉で光合成を行い、余った炭水化物を塊根に送り込みます。塊根ではその一部がデンプンとして蓄えられ、同時に細胞内の水分も増えていきます。細胞が膨らむと塊根全体が少しずつ外側に押し広げられるため、時間とともに丸みを帯びた形が強調されます。乾季に入ると光合成が止まり、葉が落ちてしまうため、塊根の蓄えを少しずつ使いながら呼吸を続けます。このとき細胞はわずかに萎縮し、表面にしわが寄ることがありますが、雨季に再び水を得ると元に戻ります。
塊根はまた、重心を低く保つ役割も担います。岩場の急斜面や強風環境で、高い位置に重さが集中すると株が倒れやすくなります。グラキリスのように根元に重さを集中させる構造は、風や重力に対する安定性を高める働きがあります。その結果として、塊根は「水タンク」「エネルギー貯蔵庫」「アンカー」の三つの役割を兼ねることになります。丸い形は、これらの機能を効率よく実現するための妥協点として自然選択の中で磨かれてきた形と見ることができます。
栽培者の目線に戻すと、「丸さ」は単に美観だけではなく、健康状態の指標としても使えます。塊根が硬く張っているときは、内部に水と養分が十分に蓄えられている状態であり、逆に長くしぼんで柔らかい状態が続く場合は、根の吸水能力が落ちている可能性があります。水やりの判断だけでなく、根の状態や植え替えのタイミングを見極めるときにも、塊根の触感と形状は重要な手がかりになります。
🌱 雨季と乾季のスイッチ:休眠と芽吹きのタイミング
イサロ山地の気候は、雨季と乾季がはっきり分かれていることが特徴です。雨季には集中的に雨が降り、乾季には数ヶ月ほとんど雨が降りません(SelfDriveAfrica, 2020)。グラキリスはこのリズムに合わせて、雨季に葉と枝を伸ばし、乾季には葉を落として休眠します(Rapanarivo et al., 1999)。このときの「スイッチ」として働くのが、温度と土壌水分の組み合わせです。
気温が高くなり、土壌に水が供給されると、グラキリスは休眠を解除して新芽を伸ばします。一方、気温が下がり、土壌が乾燥してくると、葉に栄養を戻しながら少しずつ黄変させ、最終的に落葉します。この休眠と芽吹きのサイクルは、単なる見た目の変化ではなく、内部の代謝リズムそのものの切り替えです。休眠中のグラキリスは、光合成能力をほぼ停止させ、呼吸による消耗を最小限にとどめます。そのかわり、塊根内の貯蔵物質に依存して生き延びます。
栽培環境では、自然の雨季・乾季ほどはっきりした変化が起きない場合も多いです。しかし、温度と水やりのコントロールによって、ある程度このリズムを再現することができます。暖かい時期にたっぷり水を与え、涼しい時期には徐々に水を減らしていくと、グラキリスは「今が成長すべき時期か、休むべき時期か」を判断しやすくなります。逆に、寒い時期に多量の水を与えると、植物の生理リズムと鉢内環境が噛み合わず、根腐れやカビの発生につながります。
休眠と芽吹きのサイクルを尊重することは、長期的な健康維持だけでなく、「丸く太る」育て方にも直結します。生長期に十分な光と水と栄養を与え、休眠期には塊根に無理をさせないというメリハリが、年単位で見た時の塊根肥大に効いてきます。
🧪 自生地と生理から読み解く「用土」の条件
ここまで見てきた自生地の環境と生理的な特性を踏まえると、グラキリスの鉢用土に求められる条件を、物理的な性質として整理できます。キーワードは排水性、通気性、適度な保水性の三つです。ここでの排水性とは、「水やり後に余分な水が速やかに鉢底から抜けていく性質」を指し、通気性とは「土の中の空隙に空気が入れ替わりやすい性質」を意味します。適度な保水性は、「水やり直後の一時的な水を保持し、植物が吸う時間を確保する性質」です。
砂岩の岩場では、大きな隙間が多い「マクロな空隙」が支配的で、ここを水が素早く通り抜けます。同時に、岩や砂粒そのものの表面には、薄い水膜が残ります。この水膜が、雨の後しばらくの間、根が吸収できる水の供給源になります(Llifle, 2023)。鉢用土でも同じイメージを持つと設計しやすくなります。すなわち、「大きな隙間で水を通し、粒子表面と細かな孔で必要な分だけ水を保持する」という構造です。
この三つの性質を、栽培者の感覚と結びつけるために、簡単な整理表を用意します。数値で評価するというより、日常の観察からどのように判断できるかを意識すると、用土の選び方が具体的になります。
| 性質 | 意味 | 鉢の中での目安 |
|---|---|---|
| 排水性 | 余分な水が速く抜ける性質 | 水やり直後に鉢底から勢いよく水が出て、数分で止まる |
| 通気性 | 土粒子の間に空気が保たれる性質 | 鉢を持ち上げた時に「締まりすぎた重さ」を感じず、乾いた後に指でほぐせる |
| 適度な保水性 | 根が吸う時間分だけ水を保持する性質 | 水やりの翌日に表面が乾き始め、数日で全体が乾く |
グラキリス向けの用土では、この三つの性質のバランスを「排水性と通気性寄り」に傾けることが重要になります。つまり、一般的な観葉植物用土と比べると、粗い粒が多く、有機物の比率が低い配合が望ましいということです。そのうえで、まったく保水性がないと水やりの頻度が極端に増えてしまうため、粒子内部や細孔で水を保持できる成分を適量含めることが、実際の管理のしやすさにつながります。
🧱 グラキリスに適した用土設計の一例
物理特性から逆算すると、グラキリスの用土は、概ね無機成分を多め(およそ7〜8割)、有機成分を少なめ(およそ2〜3割)にする設計が合理的です。無機成分は排水性と通気性を担い、有機成分は保水性と微生物活動の場を提供します。ここでいう無機成分とは、多孔質の鉱物系資材のことであり、代表的なものに日向土、軽石、パーライト、ゼオライトがあります。日向土や軽石は、火山性の多孔質粒であり、水を通しやすく内部には細かな孔が多数存在します。パーライトは高温で膨張させたガラス質の粒で、非常に軽く、通気性の向上に寄与します。ゼオライトはアルミノケイ酸塩鉱物で、イオン交換能を持ち、養分保持にも関与します。
一方、有機成分としては、ヤシ殻由来のココチップやココピートのように、物理的な安定性と適度な保水性を併せ持つ素材が適しています。ココチップは繊維質が粗く、通気性を損なわずに水を保持できます。ココピートは細かい繊維からなり、水と空気をバランスよく含むスポンジのような性質があります。それぞれを全体の一部として配合することで、「水はけは極端に良いが、完全に砂漠のようにはならない」用土を作ることができます。
こうした考え方を具体的な配合に落とし込むと、無機成分75%前後、有機成分25%前後という比率は、グラキリスの生態と鉢栽培の実用性の両面から見て、ひとつの合理的な目安になります。無機成分の内訳として日向土・パーライト・ゼオライトを組み合わせることで、排水性、通気性、養分保持能をバランスさせることができ、有機成分としてココチップとココピートを用いることで、水と空気を適度に含む微細な空間を用土内に散りばめることができます。
もちろん、これが唯一の正解ではありません。鉢のサイズ、設置場所の気候、栽培者の水やり頻度によって、最適な比率は変わります。ただし、自生地の環境とグラキリスの生理を踏まえると、「無機多め・有機少なめ」という方向性自体は大きくぶれません。この方向性を軸として、各自の環境に合わせて微調整していく形が、科学的にも理にかなったアプローチだと言えます。
🔚 まとめと、環境を支える用土の選び方
第1回では、パキポディウム・グラキリスという植物を、「属と種の中での位置づけ」と「マダガスカル・イサロ山地の自生環境」という二つの切り口から見直しました。グラキリスは、キョウチクトウ科パキポディウム属の中でも、丸い塊根と低い樹形に特化したロスラツム亜種であり、砂岩の岩場で強光と極端な排水性にさらされながら、短い雨季と長い乾季を繰り返す環境で進化してきた植物です(Rapanarivo et al., 1999; SelfDriveAfrica, 2020)。
その結果として、グラキリスは日中に葉で光合成を行うC3植物であり、塊根には水と養分を蓄える機能が強く備わっています。根は常に空気に触れた環境を前提としており、水そのものには強くても、酸素を奪うような過湿状態には弱く、そこから根腐れが起こります。この生理的な前提に、自生地の物理環境を重ねることで、光、温度、水、用土という栽培条件の設計図を描くことができます。
- 光はできるだけ強く、ただし急な変化は避けながら慣らすこと。
- 用土は排水性と通気性を優先し、そのうえで適度な保水性を持たせること。
- 生長期と休眠期のリズムに合わせて、水と温度のメリハリをつけること。
この三つの軸を押さえておけば、具体的な育て方のバリエーションは多くても、致命的な失敗に陥る可能性は大きく下がります。次回以降では、今回の内容を土台にして、実生の発芽と初期育苗、実生株の肥大、現地球と乱獲の問題、輸入株の初期対応、発根管理へと話題を進めていきます。
なお、今回整理したような「無機成分を多め、排水性と通気性を重視しつつ、必要な分だけ保水性を持たせる」という考え方に沿った配合土として、Soul Soil StationではPHI BLENDという用土を用意しています。無機質75%(日向土・パーライト・ゼオライト)と有機質25%(ココチップ・ココピート)から構成されており、グラキリスを含む塊根植物や多肉植物の根が呼吸しやすい環境を作ることを目的とした配合です。自分で用土を一から配合するのが難しい場合や、ひとつの基準になる配合を試したい場合には、次のページから詳細を確認できます。
PHI BLENDの製品ページはこちら ::contentReference[oaicite:0]{index=0}
参考文献
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Rapanarivo, S. H. J. V., Lavranos, J. J., Leeuwenberg, A. J. M., & Röösli, W. (1999). Pachypodium (Apocynaceae): Taxonomy, Habitats and Cultivation. Balkema.
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