🌙 要約(結論)
ナメクジ・カタツムリ対策は、夜間パトロールによる「発見→捕殺→記録」を核に、乾きやすい環境設計(用土・水やり・風通し)と補助的なトラップ/薬剤を併用すると最も再現性が高くなります。活動は気温5–20℃・最適17℃で活発になり(AHDB, 2018)、夜間〜曇天に表面に出るため(UC IPM, 2021)、この時間帯の見回りが費用対効果に優れます。塩撒きは土壌・植物を傷めるため不推奨で(OSU Ext., 2022;UMN Ext., 2024)、ペット同居環境ではメタアルデヒド製品の扱いに厳重注意が必要です(VCA, 2024;De Roma, 2017)。
🌌 夜間パトロールが効く理由——生物・環境の科学
陸生軟体動物(殻のないナメクジと殻のあるカタツムリの総称)は、体表の水分喪失に弱いため、気温が低く湿った時間に活動が集中します。室内外ともに夜間や雨後・曇天で地表に現れやすく(UC IPM, 2021)、農業現場のデータでは活動は5–20℃の範囲で増え、最適は17℃と報告されています(AHDB, 2018)。また、個体群の多くは日中に土中や鉢縁の隙間に退避しており、地表に出ているのは常時5%程度に過ぎません(OSU Ext., 2023)。この行動生態の「窓」を狙って見回ることで、少ない時間で密度を大きく落とせます。
🔦 夜間パトロールの準備と手順
準備するもの
| 道具 | 目的 |
|---|---|
| LEDライト(ヘッドランプ推奨) | 両手を空け、光に反射する銀色の粘液跡と個体を素早く特定する。 |
| ピンセット/トング・使い捨て手袋 | 安全に捕獲し、体液や病原の接触を避ける。 |
| フタ付き容器(石けん水 or 5–10%アンモニア希釈) | 捕獲後の即時処理(UAF Ext., 2022)。 |
動き方のコツ
見回りは日没後〜深夜のうち湿り気が残る時間帯に行います。まず鉢底・鉢縁・棚板といった退避所、次に新芽・花芽、最後に地面と鉢の接点を順に確認します。発見したら確実に回収し、容器で処理します。塩の直接散布は土壌構造や植物への悪影響があるため用いません(OSU Ext., 2022;USU Ext., 2021)。
🔍 痕跡と判別——「誰の食害か」を特定する
ラデュラ(やすり状の口器)で縁が滑らかな不規則食痕が生じ、葉や花弁の薄い部位で被害が目立ちます。周囲に銀色の粘液跡があれば決め手になります(UC IPM, 2021)。植え替え時は、用土表面や鉢壁の隙間にある半透明の卵(3–40個の塊)も除去します(UC IPM, 2021)。
🧪 捕殺・処理のベストプラクティス(家庭向け)
手でつまむ・トングで拾う→石けん水(台所用)または5–10%アンモニア水の容器で処理→可燃ゴミへ(UAF Ext., 2022)。地表放置は臭気や誘引源になるため避けます。食塩は土壌塩類集積と植物障害のリスクがあるため不使用とします(OSU Ext., 2022;USU Ext., 2021)。
⚠️ペット・小児同居時は薬剤粒の誤食に十分注意します。特にメタアルデヒドは解毒剤がなく、痙攣・高体温・けいれんなど重篤な症状を呈します(VCA, 2024;De Roma, 2017)。使用する場合は容器入りタイプを選び、手の届かない位置に設置します。
🍃 環境設計で「出にくい鉢」にする
活動を左右するのは表面の湿り時間です。以下を徹底すると、夜間の捕殺効率も上がります。
- 水やりは朝に行い、夜〜明け方に濡れ面が残らないようにする(UMN Ext., 2024)。
- 鉢間の通風を確保し、葉を土から離す誘引(支柱・下葉の整理)で表面を乾かす(UMN Ext., 2024)。
- 退避所(板切れ・ポット・敷石の下・散らかった鉢底)を減らし、見つけやすくする(UC IPM, 2021)。
用土設計では、表層が長く湿り続く配合は避けます。たとえば多孔質の無機骨格(日向土・ゼオライト・パーライト)を主体に、有機分は過度に細かくしないと、表面の乾きが早くなり夜間活動のメリットが薄れます。乾きやすい粗めの表土仕上げ(トップドレッシング)も有効です(UC IPM, 2021)。
🪤 補助策の科学——トラップとバリアの正しい使い方
ビール(酵母)トラップ
発酵臭(酵母)に誘引されて容器に落ちます。地表面と同じ高さに埋め、深さのある容器を使い、数日おきに更新します(UMN Ext., 2024)。誘引範囲は数メートル程度と限定的で、複数点の設置が前提です(UC IPM, 2021)。
避難板(リファージトラップ)
夜間に置き、翌朝に裏面を確認して回収する簡便な方法です。鶏餌や穀粒+酵母で誘引力が上がります(AHDB, 2018)。
銅テープ・卵殻・鹿沼砂・珪藻土などのバリア
銅は粘液との反応でナメクジが嫌がることがあり、容器栽培の小面積では有効に働く場合があります。ただし幅不足や酸化で効果が落ち、維持管理コストがかかります(UC IPM, 2021;UMN Ext., 2024)。対照的に、卵殻や鋭利な砂・ウールペレットは、精密試験で無処理との差が出ないと報告され、恒常的な効果は期待できません(RHS, 2019)。
🌵 代表属ごとの狙われやすい部位と夜間チェックの要点
| 属 | 狙われやすい部位と観察ポイント |
|---|---|
| アガベ | ロゼット中心の成長点付近の柔らかい新葉に不規則な欠けが出やすい。潅水で中心部に水が溜まる環境は好まれやすいため、夜間は中心と葉鞘の隙間を重点チェック。 |
| パキポディウム | 展開直後の薄い葉身が食われやすい。袖ヶ浦型など細葉は特に注意。用土表面と幹の接点を丁寧に確認。 |
| ユーフォルビア | 乳液(ラテックス)が忌避的に働く場合もあるが、新芽や苞は被害が出ることがある。乳液は皮膚刺激性があるため、パトロール時は手袋を着用。 |
🧰 日本のホームセンターで入手しやすい「補助薬剤」ガイド(安全の要点つき)
薬剤は夜間パトロール・環境設計の補助として使うと、使用量を最小化できます。ラベルを読み、散布は夕方〜夜に。粒は株元に帯状に少量散布し、山盛りにしないことが原則です(UC IPM, 2021)。
| 製品例(有効成分) | 特長/注意点 |
|---|---|
| スラゴ(リン酸第二鉄)/ナメトール(リン酸鉄) | 摂食後給餌停止→数日で致死。犬猫などへのリスクが相対的に低いと整理される一方、大量誤食は消化器症状の報告あり(NPIC, 2013)。容器や鉢の外周にごく薄く散布し、雨後は補充。 |
| ナメクジカダン/ナメトックス粒剤(メタアルデヒド) | 速効性。ただしペット事故リスクが高く解毒剤なし(VCA, 2024;De Roma, 2017)。容器入りタイプを手が届かない位置に限定して使用。散粒タイプは屋外・無人ゾーンに限り最小量。 |
📝いずれも農薬登録ラベルの用法・用量・適用作物を厳守し、屋内ではこぼれ粒の即回収と保管徹底を行います。
🧭 1週間の実践プラン(例)
初週は3回(雨後+2回)見回り、退避所の整理・支柱で葉を持ち上げ、必要に応じて酵母トラップを設置します。翌週は密度低下を確認し、リン酸鉄ベイトを薄く補充。メモ(発見数・場所・天候)を残すと、季節変動に合わせた効率のよい巡回ルートが最適化されます(UC IPM, 2021)。
🪴 用土選びとトップドレッシングの工夫
表層の乾きやすさは、粒度の揃った無機骨格の比率と微細有機の量で決まります。混合時は、表層だけでも粗〜中粒の無機層を形成して夜間の湧出を抑えます。乾きやすい配合は根の健全性にも寄与し、食害後の回復力を高めます。
📎 研究知見に基づく「やらない方がよい」こと
①塩撒き:土壌・植物へのダメージ(OSU Ext., 2022;USU Ext., 2021)。②家庭用カフェイン濃度液の散布:高濃度で殺・忌避効果の報告はあるものの(Hollingsworth, 2002)、薬剤登録外で薬害・安全性管理が難しいため推奨しません。③卵殻・鋭い砂・ウールペレットのみのバリア:無効〜不安定(RHS, 2019)。
🧩 まとめ
夜間パトロールは、時間投資が小さいわりに密度抑制効果が高いIPMの中核です。活動ウィンドウ(5–20℃・湿潤)を狙って「発見→捕殺→記録」を回し、乾きやすい表層と退避所の削減で再侵入を鈍らせます。補助策(酵母トラップ・銅・リン酸鉄)を状況に合わせて点的に足し、メタアルデヒドは容器型・最小量に限定すれば、室内外の鉢でも安定して被害をコントロールできます。
病害虫・衛生関連の総合記事はこちら:塊根・多肉植物の病害虫・衛生完全ガイド【決定版】
🧴 補記:鉢用土の推奨設計
乾きやすい表層づくりと根圏の通気確保には、PHI BLENDのような無機質75%(日向土・パーライト・ゼオライト)+有機質25%(ココチップ・ココピート)構成が扱いやすい選択肢です。詳細は製品ページをご確認ください。PHI BLEND 製品ページへ
📚 参考文献
AHDB (2018). Integrated Slug Control/What conditions favour slugs?(活動温度域・監視トラップの条件)
Buhl, K.; Bond, C.; Stone, D. (2013). Iron Phosphate – General Fact Sheet, NPIC(リン酸鉄の作用と安全性)
De Roma, A. et al. (2017). Metaldehyde Poisoning of Companion Animals: A Three-Year Study(メタアルデヒド中毒に解毒剤がない旨)
Hollingsworth, R. G. et al. (2002). Caffeine as a repellent for slugs and snails, Nature(高濃度カフェインの殺・忌避効果報告)
OSU Extension (2023). Managing Slugs and Snails(地表出現率5%の概念、塩の不適切性)
UC IPM (2021). Pest Notes: Snails and Slugs(夜間活動・文化的防除・ベイト施用の基本)
UMN Extension (2024). Slugs in Home Gardens(朝潅水・通風・酵母トラップの具体運用、銅バリアの留意点)
USU Extension (2021). Slugs and Snails(塩の非推奨理由)
VCA (2024). Metaldehyde Toxicity(メタアルデヒド中毒の臨床像と支持療法)
RHS Science (2019). How to stop slugs and snails – what works?(卵殻・砂・銅テープ・ウールペレット等の有効性検証)
OAT アグリオ(スラゴ 製品資料;作用性・耐雨性)、ハイポネックス(ナメトール 製品資料)、フマキラー(ナメクジカダン 製品資料)、住友化学園芸(ナメトックス粒剤 製品資料)
