サマリー 🐞🦠
室内やベランダで塊根植物・多肉植物を育てると、カイガラムシ、アザミウマ、ハダニ、キノコバエなどが目立ちます。本稿では、薬剤依存を下げつつ被害密度を抑える生物的防除(天敵・BT剤)の設計と運用を、植物生理・土壌物理・微生物生態の視点で整理します。
- 🎯 要点:BT剤は幼虫を選択的に殺す微生物農薬で、天敵は捕食・寄生で害虫密度を継続的に低下させます(Lacey, 2015; van Lenteren, 2012)。
- ⚙️ 効果を引き出す鍵は環境設計(湿度・温度・用土の物理性)であり、モニタリングと物理的防除を基盤に併用します(RHS, 2025)。
- 🛒 家庭園芸で入手しやすいBT剤は「ゼンターリ顆粒水和剤」「デルフィン顆粒水和剤」など。天敵は捕食性ダニ・天敵線虫が実用的です(Cloyd, 2015; McMurtry & Croft, 1997)。
BT剤と天敵の基礎:仕組みと役割の分担
BT剤(Bacillus thuringiensis)は、土壌細菌がつくる結晶性タンパク毒素を利用した微生物農薬で、害虫の幼虫が摂食すると腸管上皮が破壊されて致死に至ります。哺乳類・鳥類・植物への毒性が極めて低く、標的特異性が高い点が特徴です(Lacey, 2015)。一方、天敵(beneficials)は害虫を食べたり寄生したりする生物で、温室・屋内でも活躍する捕食性ダニや天敵線虫が使いやすい選択肢です(van Lenteren, 2012)。
BT剤の系統と対象(「幼虫段階に効く」が鉄則)
| BT系統 | 対象害虫 | 家庭園芸の例 |
|---|---|---|
| B.t. kurstaki | チョウ目幼虫(アオムシ等) | 「デルフィン顆粒水和剤」など(Lacey, 2015) |
| B.t. aizawai | チョウ目幼虫(ハマキ・ヨトウ等) | 「ゼンターリ顆粒水和剤」など(Lacey, 2015) |
| B.t. israelensis(Bti) | ユスリカ・チョウバエ等の幼虫 | キノコバエ類幼虫にも適合する知見(Cloyd, 2015)。 ※国内製品は適用ラベルを必ず確認。 |
BT剤は成虫には効かないため、粘着トラップ等で成虫密度を別途落とす必要があります(Cloyd, 2015)。また、紫外線や高温で分解されやすいため、夕方〜夜の散布が目安です(Lacey, 2015)。
捕食性ダニ・天敵線虫の使いどころ
捕食性ダニはハダニ・アザミウマ・コナジラミ若齢などを捕食する微小天敵です。代表はチリカブリダニ(Phytoseiulus persimilis)、ククメリスカブリダニ(Amblyseius cucumeris)、スワルスキーカブリダニ(A. swirskii)で、相対湿度60%以上(卵発育を含む)かつ20–28℃で活発に働きます(McMurtry & Croft, 1997)。天敵線虫(Steinernema spp.)は土中のキノコバエ幼虫などに侵入・致死させ、土温15–25℃、適度な湿り気で安定します(Cloyd, 2015)。
害虫別・生物的防除の実装(塊根・多肉向け)
カイガラムシ(コナカイガラムシ含む) 🐛
BT剤は効きません。屋内ではまずブラッシングと点処理で密度を落とし、継続発生には天敵昆虫(例:Cryptolaemus montrouzieri)が温室で実績を持ちますが、家庭では流出・定着性の課題があります(van Lenteren, 2012)。若齢(移動できる)ステージが狙い目です。乾湿リズムを見直し、有機物の残渣を鉢表面にためないことが再発抑制に寄与します(RHS, 2025)。
アザミウマ(スリップス) ✂️
花芽・新芽で吸汁加害します。BT剤は対象外で、ククメリスやスワルスキーの予防放飼が有効です(McMurtry & Croft, 1997)。導入1–2週間は過乾燥を避けるため、直風を避け、夕刻の軽い葉水で局所湿度を上げると活着が安定します(RHS, 2025)。青色粘着板で成虫の侵入・発生を早期検知します。
ハダニ(テトラニクス類) 🕷️
乾燥・高温で爆発的に増えます。チリカブリダニが最も速やかに抑制します(McMurtry & Croft, 1997)。導入前にシャワーで葉裏のダニ・卵密度をいったん下げ、暖かい時期に放して温度・湿度のレンジを天敵有利にします。粉を帯びた葉や深い皺は探索効率を下げるため、株間の通風と点在配置で再侵入を遅らせます(RHS, 2025)。
キノコバエ(クロバネキノコバエ類) 🦟
幼虫が土中で根や有機物を摂食し、根腐れやカビ病を誘発します。Bti潅水は幼虫選択的で、5–7日間隔で2–3回の反復が目安です(Cloyd, 2015)。併せて天敵線虫(S. feltiae)を潅水すると地中の幼虫密度を効率よく下げられます(Cloyd, 2015)。表土は普段しっかり乾かし、散布時のみ湿りを確保します。成虫は黄色粘着板で捕殺・モニタリングし、繁殖サイクルを断ちます(RHS, 2025)。
アブラムシ・コナジラミ 🪲
BT剤は非適用です。アブラムシにはテントウムシ類、コナジラミにはEncarsia formosaなど寄生蜂の実績がありますが、家庭の開放環境では逸散と光条件が課題です(van Lenteren, 2012)。実務上は黄色粘着板と捕食性ダニ(A. swirskii)の併用が現実的です(McMurtry & Croft, 1997)。
代表属ごとの留意点(アガベ/パキポディウム/ユーフォルビア)
アガベ(Agave) 🌵
ロゼットの葉筒内部はアザミウマの隠れ場になりやすく、銀斑や変形として現れます。新葉の展開期にククメリス放飼と、青色粘着板での侵入監視が適します。葉面のブルーム(ワックス)が厚い種では捕食性ダニの探索効率がやや落ちるため、葉筒内の軽い洗浄を補助にします(RHS, 2025)。
パキポディウム(Pachypodium) 🌰
塊茎の凹凸・割れ目にコナカイガラムシが潜みます。乾いた刷毛で除去→アルコール綿の点処理→密度が十分下がったら捕食性昆虫の試験導入が順序です。過湿は軟腐病を招き天敵の働きも落とすため、「乾いてから全層潅水」を徹底します(Jarvis, 1992)。
ユーフォルビア(Euphorbia) 🥛
切断・擦過で強い乳液が出るため、作業者の安全対策(手袋・保護眼鏡)を優先し、点処理はごく少量にとどめます(Binckley et al., 2023)。葉腋にたまる虫汚れはカイガラムシの増殖床になり得るため、こまめな清掃と通風確保で再発を抑えます(RHS, 2025)。
効果を左右する環境パラメータ(植物生理・土壌物理・微生物)
天敵が働くには環境適合が不可欠です。捕食性ダニは相対湿度60–80%で産卵・孵化が安定し(McMurtry & Croft, 1997)、線虫は土壌水分が毛管連続しているほど移動・侵入効率が上がります(Cloyd, 2015)。BT剤は幼虫の摂食活動が活発な温度(概ね20–28℃)で効果が見えやすく、紫外線照射で失活しやすい性質があります(Lacey, 2015)。植物側の生理としては、過湿→低酸素ストレス→根の代謝低下が起きると防御応答が鈍り、同じ虫密度でも被害が進みます(Jarvis, 1992)。
用土設計と衛生(生物的防除の走路を整える)
キノコバエやカビの誘因を抑え、根と天敵微生物が働きやすい物理性を組み立てます。無機骨格が通気・排水を担い、有機分画は水分・微生物の緩衝を担います。具体的には、無機質75%(日向土・パーライト・ゼオライト)+有機質25%(ココチップ・ココピート)程度の比率が、過湿を避けつつ適度な保水性を確保でき、キノコバエの産卵床も減らせます(RHS, 2025)。新規導入株は検疫(隔離観察)を2–3週間行い、用具・鉢は使用前に洗浄・乾燥することで、外来の虫・病原の持ち込みを最小化します(RHS, 2025)。
家庭園芸で入手しやすい資材(日本)🛒
以下はホームセンター等で比較的入手しやすい代表例です。必ず適用作物・適用害虫・希釈倍率をラベルで確認し、用法・用量を守ってください。
| 区分 | 製品例 | 備考 |
|---|---|---|
| BT剤(B.t. aizawai) | ゼンターリ顆粒水和剤 | チョウ目幼虫に有効。天敵にやさしい(Lacey, 2015)。 |
| BT剤(B.t. kurstaki) | デルフィン顆粒水和剤/バシレックス水和剤 | チョウ目幼虫に有効。収穫前日まで適用の資材も多い。 |
| Bti(ユスリカ・チョウバエ幼虫) | 市販のBti配合「ボウフラ対策」製品 | 鉢土の適用可否は製品ラベルで要確認(Cloyd, 2015)。 |
| 捕食性ダニ | チリカブリダニ/ククメリス/スワルスキー等 | 少量パックは通販で入手しやすい。導入期は過乾燥回避。 |
| 天敵線虫 | Steinernema feltiae 製剤 | キノコバエ幼虫に有効。土温15–25℃・潅水併用(Cloyd, 2015)。 |
補助資材として、黄色(キノコバエ・コナジラミ)/青(アザミウマ)粘着板、10–20倍ルーペ、細筆・綿棒・刷毛を常備すると、モニタリングと初動が格段にスムーズになります(RHS, 2025)。
運用プロトコル(IPMとしての段取り)📋
1)見つける:モニタリングの習慣化
週1回の定点観察(粘着板、葉裏、葉筒、株元)で「増殖傾向」を早期把握します。新規導入株は隔離下でルーペ検査を行います(RHS, 2025)。
2)減らす:物理的に初期密度を落とす
水洗・ブラッシング・点処理で初期密度を落とし、葉裏の卵塊・幼虫の物理的除去を徹底します(Jarvis, 1992)。
3)抑え込む:生物的防除を重ねる
対象に合わせてBT剤(幼虫期)、捕食性ダニ(葉上害虫)、天敵線虫(地中幼虫)を選択・併用します。捕食性ダニは導入直後の散水・薬剤散布を避け、安定環境を2週間維持します(McMurtry & Croft, 1997)。
4)仕上げる:環境・用土を是正
過湿・有機物過多・停滞空気を改め、通気と乾湿リズムを確立します。これにより再発率が低下し、天敵が優位に働く時間が伸びます(RHS, 2025)。
安全と法令順守(重要)⚠️
生物資材であっても農薬登録の適用範囲があります。対象害虫・作物・希釈倍率・回数を必ず確認し、屋内では飛散・誤飲・アレルギーリスクを回避します。ユーフォルビアの乳液は刺激性があるため、保護具を着用します(Binckley et al., 2023)。
まとめ:静かな抑制力を設計する 🌱
生物的防除は「効き始めが緩やか」ですが、環境・物理・生物のレイヤーを重ねると、室内でも低密度維持が現実的になります。BT剤は幼虫期の選択的リセット、捕食性ダニと線虫は微小空間の巡回パトロールとして機能します。モニタリングと衛生を基盤に、株の健康と美観を長期にわたり守っていきましょう(van Lenteren, 2012; RHS, 2025)。
病害虫・衛生関連の総合記事はこちら:塊根・多肉植物の病害虫・衛生完全ガイド【決定版】
PHI BLEND(用土提案)🪴
天敵・BT剤の効きを支えるのは用土の物理性です。通気・排水と適度な保水の両立を意図したPHI BLENDは、無機質75%(日向土・パーライト・ゼオライト)+有機質25%(ココチップ・ココピート)という構成で、過湿や有機物過多を避けつつ根に酸素を供給します。くわしくは製品ページをご覧ください。PHI BLEND 製品ページへ
参考文献
Lacey, L. A., et al. (2015). Insect pathogens as biological control agents: back to the future. Journal of Invertebrate Pathology, 132, 1–41.
van Lenteren, J. C. (2012). The state of commercial augmentative biological control. BioControl, 57, 1–20.
McMurtry, J. A., & Croft, B. A. (1997). Life-styles of phytoseiid mites and their roles in biological control. Annual Review of Entomology, 42, 291–321.
Cloyd, R. A. (2015). Fungus gnats: management in greenhouses and nurseries. Kansas State University Extension.
Royal Horticultural Society (2025). Houseplant IPM; Pests and diseases of cacti and succulents. RHS Gardening.
Jarvis, W. R. (1992). Managing diseases in greenhouse crops. APS Press.
Binckley, C. A., et al. (2023). Euphorbia latex: irritant properties and handling precautions. Clinical Plant Safety.
