排水ECで見る塩類蓄積の進行

はじめに―鉢の中で何が起きているのか

同じ施肥と水やりを続けているのに、ある日から急に葉先が枯れやすくなり、成長が鈍く感じられることがあります。こうした変化の背後では、鉢内の養分塩が水分の蒸発とともに濃縮し、徐々に塩類蓄積が進んでいます。そこで役立つのが排水EC(電気伝導度)です。鉢底から流れ出た水のECを追うことで、見えない蓄積の進行を定量的に読み、トラブルを未然に防げます。本稿では、室内管理(または冬以外は屋外)・化成肥料主体という前提で、排水ECの捉え方、塩類蓄積のメカニズム、対処と設計を、植物生理・土壌学・物理特性・微生物生態の観点から統合的に解説します。🌊🪴

なぜ排水ECを測ると「今の鉢」がわかるのか

EC(電気伝導度)は、水に溶けたイオンの総量を間接的に表す指標です。肥料に含まれる硝酸、カリウム、カルシウムなどのイオンが増えるほどECは上がります。潅水直後に鉢底から抜ける排液のECを定期的に測ると、投入している肥料濃度だけでなく、土中に残留・濃縮している塩分の影響を反映して値が変化します(Cavins et al., 2000; Sonneveld & Voogt, 2009)。

排水ECが投入した肥料液のECよりも常に高めに出る、あるいは週を追うごとに右肩上がりで増えるとき、鉢内で塩類が累積している可能性が高いと判断できます(Argo & Biernbaum, 1996)。反対に、定期的な洗い流し後に排水ECが低下し、数回の潅水で元の基準付近に戻るなら、過剰塩が十分に抜けたサインと読めます。

塩類蓄積が植物に及ぼす影響――生理・微生物・病害の三面攻撃

① 浸透圧ストレスと養分拮抗

浸透圧ストレスとは、土壌溶液の塩濃度が高まり、根が水を吸いにくくなる状態を指します。潅水しても萎れやすい、芽の伸びが鈍る、葉縁から枯れ込むといった症状は、土中濃度の過多に起因することがあります(Munns & Tester, 2008; Marschner, 2012)。ナトリウム過多はカルシウム・カリウムの吸収を阻害し、葉先の壊死や成長点の障害を誘発します(Grattan & Grieve, 1999)。

② 微生物機能低下とガス障害の誘発

高EC環境は硝化菌などの有用微生物を抑制し、アンモニウムの硝酸化が滞ります。その結果、アンモニアや亜硝酸の一時的蓄積・揮散が生じ、葉の黒変や萎凋といったガス障害を誘発しやすくなります(Raviv & Lieth, 2008)。

③ 二次的な根腐れリスク

濃度の高い溶液は根表面の浸透圧を押し上げ、細根を損ない、病原微生物の侵入を受けやすくします。傷んだ根は酸素要求も満たせず、嫌気条件が重なって根腐れを助長します(Sonneveld & Voogt, 2009)。

アガベ・パキポディウム・ユーフォルビアでの「耐性と挙動」

多肉・塊根植物は相対的に塩へ耐える傾向がありますが、許容域には差が存在します。アガベは比較的耐塩性が高く、実用域のEC変動に鈍感な場面が多い一方、根が通気を失うと急速に機能を落とします。パキポディウムは肥料分の急増に敏感で、一時的なECスパイクで根皮層がダメージを受けると回復に時間を要します。ユーフォルビアは種類による差が大きく、ハナキリンのように強いものから、過濃度で葉縁障害が出やすいものまで幅があります(総論としてMarschner, 2012; Grattan & Grieve, 1999)。

測り方の実務――誤差を小さく、判断をブレさせない

測定は難しくありません。潅水のたびに最初に抜けた排液を清潔なカップに取り、よく撹拌してからECメーターを浸し、数値が安定するまで待って記録します。可能なら、同一鉢で同じタイミング(例:朝の潅水直後)に測ると、蒸発や温度の影響を抑えられます(Cavins et al., 2000)。メーターは週1回の校正液で校正し、測定前後に電極を洗浄して付着イオンによるドリフトを避けます。

数字の読み解き方――「今は大丈夫」から「そろそろ洗う」まで

以下は化成肥料主体・室内(または夏季屋外)管理での実用的な目安です。投入する潅水液のEC(原水+液肥)と、抜けてきた排水ECの、および排水ECの推移を合わせて判定します(Cavins et al., 2000; Argo & Biernbaum, 1996; Sonneveld & Voogt, 2009)。

指標目安値・傾向推奨アクション
排水ECが潅水液ECより僅差±0.2~0.3 mS/cm程度現状維持。週次ログで傾きのみ確認。
排水ECが潅水液ECを大きく上回る+0.5~1.0 mS/cm以上が継続軽い洗い流しを検討。次回から毎回しっかり排水。
排水ECが高止まりおおむね2.0~2.5 mS/cm超が持続本格的なリーチング(フラッシング)を実施(Cavins et al., 2000)。

フラッシング(洗い流し)の設計――一度で確実に落とす

フラッシングとは、清水を十分量かけ流し、培地内の溶存塩を物理的に洗い出す操作です。鉢容量の2倍量以上を目安に、勢いではなくゆっくり均一に与えて鉢全層を通水させます(Cavins et al., 2000)。排水の濁りや臭いが解消し、排水ECが潅水液ECの近傍に下がるまで続けます。終了後は鉢皿の水を捨て、通風で酸素を補給し、根を乾いた空気と新鮮な水に触れさせます。次回施肥は薄め・控えめから再開し、排水ECの戻りを確認して通常運用へ移行します。

「塩が貯まりにくい」潅水習慣――毎回しっかり、そして乾かす

多肉・塊根植物では、毎回の潅水で必ず排水を得ることが、塩類蓄積の最良の予防策です。少量潅水を継続すると、鉢内で濃い溶液が滞留しやすく、ECのスパイクを招きます。やむを得ず間の補水が必要な時期でも、週1回はたっぷり潅水して古い溶液を押し出し、翌日は十分に乾かすメリハリをつけます(Argo & Biernbaum, 1996; Raviv & Lieth, 2008)。底面給水を活用している場合も、2週間に一度は上面からのかけ流しを挟み、沈積した塩を動かして排出させます。

用土で抑える「濃度スパイク」――通気×緩衝のバランス設計

塩類蓄積は用土設計でも緩和できます。鍵は通気・排水性保肥性(CEC)の両立です。大きめの粒でマクロポア(大きな孔隙)を持つ無機質基材は、潅水時に塩を押し出しやすく、根の酸素供給にも有利です。一方で無機一辺倒だと、施肥直後の溶液濃度が一時的に高くなりやすい欠点があります。ここに少量の高CEC資材を組み合わせると、カリウムやアンモニウムを一時吸着して濃度の立ち上がりを緩和できます(Raviv & Lieth, 2008)。代表例がココピートゼオライトです。ココピートは高いCECを持ち、保水と緩衝を担います(Abad et al., 2002)。ゼオライトは選択的にアンモニウムを保持し、化成肥料の効き過ぎをなだらかにします(Mumpton, 1999)。

この思想に沿った無機主体+有機少量の配合は、塊根・多肉植物の根が求める酸素リッチな環境を維持しながら、施肥の度のECスパイクと長期の塩類蓄積の双方を抑える狙いに合致します。

ログ化が効く――「なんとなく」から「再現できる管理」へ

排水ECは、単発の値より推移に価値があります。鉢・日付・潅水液EC・排水EC・潅水量・天候や室温湿度を簡潔に記録し、グラフ化して傾きを見ると、洗い流しのタイミングが前倒しで読めます。特に夏の高温期や、冬の室内で蒸発>排水になりやすい環境では、曲線の立ち上がりが早くなります。芽の伸長や葉の張りと数値の相関を手元で掴めば、翌年に同じ再現が可能になります(Cavins et al., 2000)。📈

よくある疑問に短く答える

Q. 排水ECが低いのに生育が鈍るのはなぜか?
A. 低ECでも、根域の酸素不足や低温で吸水が滞ると生育は止まります。ECは濃度の情報であって、通気・温度・水分状態は別の軸です(Raviv & Lieth, 2008)。

Q. フラッシングで養分が流れすぎないか?
A. 過剰塩を一度リセットし、翌週以降に薄めの施肥で再構築した方が、根のダメージを引きずらず回復が早い傾向があります(Cavins et al., 2000)。

まとめ――数値で読み、設計で未然に防ぐ

排水ECは、鉢内で進む塩類蓄積の「現在地」を端的に映す指標です。定期測定で傾きを捉え、2.0~2.5 mS/cm前後の高止まりを合図にフラッシングでリセットし、通常運用では毎回の潅水で確実に排水を得る。用土は通気排水の良さと高CEC資材の少量配合でスパイクを抑える。この三点を軸に据えるだけで、塊根・多肉植物の根は長く健全に働き、結果として株姿は綺麗に大きく育っていきます。

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参考文献

  • Abad, M., Noguera, P., & Bures, S. (2002). National inventory of organic wastes for use as growing media for ornamental potted plant production: case study in Spain. Bioresource Technology.
  • Argo, W. R., & Biernbaum, J. A. (1996). Understanding container media pH and EC. Greenhouse Grower.
  • Cavins, T. J., Whipker, B. E., Fonteno, W. C., Harden, B., McCall, I., & Gibson, J. L. (2000). Monitoring and Managing pH and EC in Container Media. North Carolina State University.
  • Grattan, S. R., & Grieve, C. M. (1999). Salinity–mineral nutrient relations in horticultural crops. Scientia Horticulturae.
  • Marschner, P. (2012). Marschner’s Mineral Nutrition of Higher Plants (3rd ed.). Academic Press.
  • Mumpton, F. A. (1999). La roca magica: uses of natural zeolites in agriculture and industry. Proceedings of the National Academy of Sciences USA.
  • Munns, R., & Tester, M. (2008). Mechanisms of salinity tolerance. Annual Review of Plant Biology.
  • Raviv, M., & Lieth, J. H. (2008). Soilless Culture: Theory and Practice. Elsevier.
  • Sonneveld, C., & Voogt, W. (2009). Plant Nutrition of Greenhouse Crops. Springer.
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