🔎 はじめに
発根をもっとも安定して促進する根域温度は20〜30℃です(Hartmann & Kester, 2011; Drennan & Nobel, 1998)。多くの塊根・多肉では下限の目安が15〜16℃、最速域は25〜30℃、腐敗や失速のリスクが高まる上限は30〜35℃です(Hartmann & Kester, 2011; Drennan & Nobel, 1998)。夏型(アガベ/パキポディウム/多くのユーフォルビア)はやや高め、冬型(リトープス/コノフィツムなどメセン類)は涼しめに最適域が寄ります(Nobel, 2003)。未発根期は通気・清潔を優先し、加温は鉢内25〜30℃に留め、35℃超や15℃未満を避けると安全です(Hartmann & Kester, 2011)。根圏微生物(Trichoderma や PGPR)は20〜30℃で機能しやすく、病原菌は高温多湿で暴れやすいため、温度だけでなく水分と通風の同時設計が要点です(Harman, 2000)。
🌱 導入:なぜ温度が「根づき」を左右するのか
発根とは、切断面や根端で細胞分裂と分化が再起動する現象です。温度はこれらの反応を担う酵素活性とホルモンバランス(オーキシン/サイトカイニン/エチレン/アブシシン酸)に大きく影響します(Taiz & Zeiger, 2010)。低温では反応全体が鈍化し、カルス形成と不定根の誘導が遅れます。高温は代謝を押し上げますが、一定以上ではエチレン増加や膜機能の破綻を招き、未発根組織の軟化・腐敗に結びつきます(Taiz & Zeiger, 2010)。したがって「ある程度の高温をめざすが過熱は避ける」という温度設計が最適解になります。
🌡️ 発根が加速する温度メカニズム
オーキシン応答と細胞分裂の速度
不定根形成はオーキシン(IAA)依存のプログラムで、最適温度帯ではオーキシン合成・極性輸送・応答遺伝子の発現が整い、細胞周期がスムーズに回ります(Taiz & Zeiger, 2010)。おおむね20〜30℃が根形成の反応速度を最大化します(Hartmann & Kester, 2011)。
低温による抑制
15℃未満では呼吸・タンパク合成が顕著に低下し、カルス形成が遅延します。休眠傾向の強い株ではABAの作用が勝ち、発根刺激に反応しにくくなります(Taiz & Zeiger, 2010)。
高温による失速
30℃超での長時間管理は、未発根組織でのエチレン上昇・軟化・水分ロスを招き、病原性微生物の侵入リスクも増大します。経験的にも35℃超は腐敗・失速の臨界域として避ける価値があります(Hartmann & Kester, 2011)。
📊 実務で使う温度の目安(下限・最適・上限)
| 指標 | 目安温度 | 根拠・出典 |
|---|---|---|
| 下限(発根が動きにくい) | 15〜16℃ | 発根作業の夜温下限の実務指標(Hartmann & Kester, 2011) |
| 最適(促進が最大化) | 20〜30℃(最速域25〜30℃) | 挿し木床の最適域(Hartmann & Kester, 2011)/CAM多肉の根伸長最適(Drennan & Nobel, 1998) |
| 上限(失速・腐敗の増加) | 30〜35℃ | 高温ストレスと発根失敗の増加(Taiz & Zeiger, 2010; Hartmann & Kester, 2011) |
🌍 夏型と冬型:生育サイクルによる最適域の差
夏型(アガベ/パキポディウム/多くのユーフォルビア)🌞
原産地の雨期が高温期に重なるタイプで、生理的な最適域がやや高めに寄ります。発根には25〜30℃が扱いやすく、夜間も20℃以上を保つと遅延を避けやすくなります(Nobel, 2003)。真冬の発根は、加温と補光で休眠を浅くしない限り反応が鈍くなります。
冬型(リトープス/コノフィツムなどメセン類)❄️
涼季に生長するため、発根も15〜22℃程度にピークが来やすいです(Nobel, 2003)。夏季の高温は休眠に傾きやすいので、どうしても夏に扱う場合は遮光・送風・冷却で25℃以下に保つ前提で進めます。
⚙️ 自然な発根 vs 人工的促進(ヒートマット)
自然な発根(季節と同調)🌿
春〜初夏/初秋の15〜28℃帯は、ホルモン環境・日長・光量が整い、カルス形成と不定根誘導がスムーズです(Hartmann & Kester, 2011)。天候の安定と明るい日陰、過湿回避を前提に、最小限の介入で高い成功率を得られます。
人工的促進(鉢底加温)🔥
ヒートマットとサーモで鉢内25〜30℃を維持すると、オフシーズンでも発根速度を引き上げられます(Hartmann & Kester, 2011)。ただし35℃超は腐敗を招きやすく、未発根期は清潔な用土・通風・断熱でリスクを抑えます。冬型を夏に扱う場合は温度を上げない運用(冷房・遮光)を優先します。
🧪 鉢内温度設計:培地・鉢・日較差のコントロール
培地の熱特性と水分
湿った培地は比熱が高く、温度変動が緩やかになります。未発根期は常湿ではなく「微湿」を狙い、切り口を水に浸さず、表土がわずかに湿る程度の霧吹きで温度の安定と乾燥抑制を両立します(Hartmann & Kester, 2011)。
鉢の材質と色
冬は断熱性の高いプラ鉢、夏は放熱性と蒸散冷却が期待できる素焼き鉢が扱いやすいです。黒鉢は昇温しやすいため夏の直射下では過熱に注意します(Nobel, 2003)。
昼夜温度差(DIF)の扱い
急峻な日較差は未発根組織にストレスを与えます。夜間も20℃前後を維持し、日中は30℃以下に抑える設計が安定します(Taiz & Zeiger, 2010)。
🧫 根圏微生物の視点:温度が「味方」と「敵」を選別する
有益菌(Trichoderma/PGPR)が働く温度
Trichoderma は25〜30℃で定着・拮抗性が強く、根面での防御と発根促進を後押しします(Harman, 2000)。PGPR(Bacillus/Pseudomonas 等)のオーキシン様物質供給も20〜30℃で顕著です(Vessey, 2003)。
病原菌の活性化と過湿の罠
ピシウムやフザリウム等は高温多湿で勢いが増します。加温運用時は清潔・通気・低栄養の培地を守り、切り口保護を徹底します(Harman, 2000; Hartmann & Kester, 2011)。
栄養循環と温度
硝化は20〜30℃で活発、10℃以下で著しく低下します(Prosser, 1989)。低温土壌では可給態窒素が不足し、形成中の根の伸長が鈍るため、温度の底上げが間接的に効きます。
💨 温度×水分×通風の合わせ技
温度だけを上げると、相対湿度と蒸散が崩れ、腐敗・軟化の事故が増えます。未発根期は通風(微風)で境界層を薄くし、蒸れを避けます。夏季の直射は遮光50〜60%で鉢内過熱を抑え、冬季は断熱(発泡スチロール・マット下コルク)で夜間の底冷えを避けます(Hartmann & Kester, 2011)。
🧯 よくある失敗と対策
失敗1:30℃超で蒸れ・腐敗が進む
サーモ未使用のヒートマットで過熱しがちです。対策として温調(プローブ必須)、鉢底に通気スペーサ、明るい日陰での管理、表土のみ微湿に留める運用を徹底します(Hartmann & Kester, 2011)。
失敗2:15℃未満で動かない
夜間の底冷えでカルス形成が止まります。夜だけボックス断熱+弱加温に切り替え、最低でも18〜20℃を下回らないようにします(Taiz & Zeiger, 2010)。
失敗3:休眠未解除で反応が鈍い
夏型の真冬・冬型の真夏などは、温度だけでは動きづらいです。夏型は補光+適温加温、冬型は冷涼・遮光・送風で「季節らしさ」を再現します(Nobel, 2003)。
✅ まとめ:温度設計のフローチャート
- 植物タイプを確認(夏型/冬型)。
- 目標根域温度を設定(夏型 25〜30℃、冬型 15〜22℃)。
- プローブで鉢内を常時モニタ(夜間20℃確保、日中30℃未満)。
- 未発根期は清潔・低栄養・高通気の培地+微湿管理。
- 加温はサーモ制御、断熱と送風で過熱・過湿回避。
- 微生物の恩恵は20〜30℃で最大化、病原リスクは過湿で増大。
🧪 PHI BLEND
根づき期の管理では、通気性・排水性と温度安定性のバランスが重要です。PHI BLENDは無機質75%(日向土・パーライト・ゼオライト)と有機質25%(ココチップ・ココピート)の設計で、未発根期の清潔さと扱いやすさを両立します。詳しくは製品ページをご覧ください。PHI BLEND 製品ページ
参考文献
- Drennan, P. M., & Nobel, P. S. (1998). Root growth responses of cacti to soil temperature. Functional Ecology.
- Hartmann, H. T., Kester, D. E., Davies Jr, F. T., & Geneve, R. L. (2011). Plant Propagation: Principles and Practices. Prentice Hall.
- Harman, G. E. (2000). Myths and dogmas of biocontrol: Changes in perceptions derived from research on Trichoderma harzianum T-22. Plant Disease.
- Nobel, P. S. (2003). Environmental Biology of Agaves and Cacti. Cambridge University Press.
- Prosser, J. I. (1989). Autotrophic nitrification in bacteria. Advances in Microbial Physiology.
- Taiz, L., & Zeiger, E. (2010). Plant Physiology (5th ed.). Sinauer.
- Vessey, J. K. (2003). Plant growth promoting rhizobacteria as biofertilizers. Plant and Soil.
