🌱 第二回は、オペルクリカリア・パキプスを実生(種から育てた苗)で大きく仕上げるための「スタート設計」を扱います。塊根植物の実生は、芽が出た瞬間から勝負が決まるわけではありませんが、種子が吸水して発芽に入るまでの設計で、以降の根量と幹の肥大の伸びしろが大きく変わります。
実生の議論が園芸で難しくなる理由は、作業手順が多いからではありません。種子の内部では、吸水・呼吸・胚の成長再開・細胞壁のゆるみといったプロセスが同時進行し、そのいずれかがボトルネックになるからです。🔎 ここを「なんとなく湿らせる」から「因果関係で設計する」に切り替えると、発芽の安定性と再現性が上がります(Bewley et al., 2013)。
最初に押さえる要点だけ、短く整理します。
- 🧬 パキプスの種子は硬い核(内果皮)に守られ、吸水が遅れやすい構造を持ちます。吸水のボトルネックを外す考え方としてスカリフィケーション(物理的に殻へ小さな傷を付け、吸水を助ける処理)が重要になります(Baskin & Baskin, 2014)。
- 💨 発芽は水だけでなく酸素も必要です。酸素の拡散は水中で空気中より極端に遅くなるため、過湿な播種床は発芽の足かせになり得ます(Ben-Noah & Friedman, 2018)。
- 🌡️ 温度は「暖かいほど良い」ではなく、発芽速度が最大化する最適温度が存在します。実務では“安定した温度帯”を作ることが、ばらつきを減らす近道になります(Bradford, 2002)。
実生育成の全体像
🗺️ 実生は、芽が出るまでのイベントではありません。学術的には、発芽(胚が成長を再開し、最初の根が伸び始める現象)と、出芽(地上部が培地表面に現れる現象)は区別されます(Bewley et al., 2013)。鉢栽培では、この二つの間に「過湿」「病原菌」「温度変動」が入り込みやすく、失敗はむしろそこで起きます。
この回では、まず播種前処理と播種設計に集中します。発芽後の根と幹の育て分け(塊根の太らせ方、徒長の抑え方、初年度の季節のまたぎ方)は、次の章で扱うほうが論理が飛びません。
| フェーズ | 目的 | 典型的な失敗 |
|---|---|---|
| 播種前 | 吸水と衛生の準備 | 種子の吸水不足、初期カビ |
| 発芽まで | 酸素と水分の両立 | 過湿による低酸素、腐敗 |
| 出芽直後 | 根の確立と光への順化 | 立枯れ、急な乾燥 |
種子構造と発芽プロセス
🧱 パキプスの種子を理解する鍵は、種子そのものというより「硬い核に包まれた構造」にあります。オペルクリカリア属では、硬い内果皮に“フタ”の構造(オペルキュラム)が形成されることが知られており、これは属の輪郭を示す特徴でもあります(Teichman & Hardy, 1992)。園芸的には、ここが吸水の入口が限られやすいという意味を持ちます。
発芽は「水を与えると起きる」現象ではなく、まず吸水(imbibition)(乾いた種子が水を吸って膨らむ現象)が成立し、次に呼吸が再開し、胚が伸長できる状態へ移行することで進みます。吸水には一般に三つの相(急速吸水→停滞→再増加)があり、どこで止まるかは殻の透水性や温度、酸素条件で変わります(Bewley et al., 2013)。
ここで重要になるのが休眠です。休眠は「芽が出ない」現象の総称ではなく、環境条件がある程度整っても発芽しない状態を指します。休眠には、種皮が水を通さない物理的休眠や、胚の生理が整っていない生理的休眠などがあり、対処が異なります(Baskin & Baskin, 2014)。パキプスの実務では、少なくとも「硬い核が吸水を遅らせる」という機械的・物理的なボトルネックがあり得るため、播種前処理を吸水設計として捉えることが有効です。
種子品質と入手時点のリスク
📦 実生で最も過小評価されやすいのが、管理以前の種子品質です。どれだけ播種床を整えても、種子が生理的に損傷していたり、保存条件が悪く活力が落ちていたりすれば、発芽率は上がりません。ここでの基本指標が発芽率(一定条件で発芽する割合)と、より広い意味での活力(同じ発芽率でも揃い方や初期生育が良い性質)です(Copeland & McDonald, 2001)。
種子の保存性は種によって大きく異なり、乾燥保存に耐える正統(orthodox)種子と、乾燥に弱い難貯蔵(recalcitrant)種子に大別されます(Roberts, 1973)。パキプスの種子がどちらに強く寄るかを一次文献で断定できるデータは限られるため、本記事では一般論として、採取から播種までの時間が短いほど有利になりやすいと整理します。
なお、家庭園芸でよく使われる「水に浮く/沈む」での選別は、殻の空隙や乾燥度合いに左右されやすく、活力評価としては過信できません。代わりに、入手時点で重視したいのは、①採取年などの情報の有無、②殻の破損やカビ臭の有無、③極端な軽さや空洞感がないかという観察です。🔎 可能であれば、少数を発芽試験(同条件で一定数を播き、率と揃いを確認する)として扱うと、以降の設計が科学的になります(Copeland & McDonald, 2001)。
播種前処理と衛生設計
🧪 播種前処理は、「よく芽が出るおまじない」ではありません。目的は二つで、吸水を確実に起こすことと、発芽までの期間に種子が病原体に負けないよう衛生リスクを下げることです。
発芽環境は、温度が高めで湿度も高くなりやすいため、病原性糸状菌や卵菌(例として立枯れ病に関与しやすい群)が増殖しやすくなります。ここでの最適解は「強い薬剤」ではなく、播種床の酸素と水分の設計、器具の清潔、過度な有機物の持ち込みを避けるといった、再現性の高い要因を優先することです。
吸水処理という前処理
💧 種子が吸水できる状態であれば、播種前に一定時間水へ浸漬することは、吸水の立ち上がりを揃える方向に働きます。吸水は温度依存性があり、低温では遅く、高温では速く進みます。ただし高温は病原体の増殖も加速させるため、衛生設計とセットで考える必要があります(Bewley et al., 2013)。
吸水処理の要点は、種子が「外側だけ濡れている」状態ではなく、核の内部に水が到達する状態を作ることです。ここで殻の硬さがボトルネックになる場合、次のスカリフィケーションが選択肢になります。
スカリフィケーションという吸水ボトルネック解除
🔧 スカリフィケーションは、硬い殻を持つ種子で、水の侵入を助けるために殻へ微小な傷や開口部を作る処理です。物理的休眠(種皮不透水性)が関与する種子では、機械的スカリフィケーションが発芽を促進する代表的手法として整理されています(Baskin & Baskin, 2014)。
パキプスの園芸で語られる「種に穴を空けて播く」という方法は、この枠組みの中で理解できます。重要なのは、穴あけ自体が目的ではなく、水と酸素の出入り口を最小限の損傷で確保することが目的だという点です。
穴あけ・蓋取り播種の手順
🧰 ここでは、オペルクリカリア・パキプスの播種前処理として園芸でよく用いられる「穴あけ」と「蓋取り(蓋開け)」を、同じ枠組みの中で整理します。どちらも本質はスカリフィケーション(硬い殻が吸水や出芽のボトルネックになるときに、物理的にその抵抗を下げる処理)です(Baskin & Baskin, 2014)。
パキプスの種子は、硬い核(内果皮)に守られ、属の特徴として“フタ”の構造(オペルキュラム)が形成されます(Teichman & Hardy, 1992)。この構造は自然条件下での出芽に関わる一方、鉢栽培の播種では「吸水が進みにくい」「幼根が抜け出しにくい」という形でボトルネックになり得ます。そこで園芸では、既存のフタを開けるか、新たに穴を作るかの二つの運用が一般化しています。
| 手法 | ねらい | 向くケース |
|---|---|---|
| 蓋取り(オペルキュラム除去) | 本来の“開口部”を先に確保し、幼根の抜け道と吸水経路を作ります。 | フタの境界が見つけられる種子で、できるだけ最小の損傷で処理したいときです。 |
| 穴あけ(ドリル/ピンバイス) | 殻に別の開口を作り、吸水・ガス交換の入口を増やします。 | フタの位置が判別しづらいとき、蓋取りが難しいときの代替手段です。 |
蓋取り(オペルキュラム除去)
⚠️ ここからの「蓋取り」は、査読論文で標準化された処理ではなく、複数の栽培ノウハウ記事・栽培記録に共通する手順を整理した園芸上の運用ノウハウ(経験則)です(BOTANICAL BOX, 2025;And Plants, 2024;さぼかつドットコム, 2025)。効果の有無や幅は、種子の鮮度やロット差、播種環境に強く依存するため、科学的に一律の改善幅を保証できるものではありません。
🧩 蓋取りの発想は単純で、「殻を破って出る」工程を、先に“開通”させておくというものです。硬い殻は種子を守りますが、同時に幼根が外へ出るときには機械的抵抗になります。物理的休眠(硬い殻が発芽の障壁になる状態)では、こうした抵抗を下げる操作が合理的な選択肢になります(Baskin & Baskin, 2014)。
蓋位置の可視化
🔎 蓋取りで最も重要なのは、刃を入れる前の「蓋の境界を見える状態にする」工程です。実務記事では、果肉や残渣が残っていると境界が見えにくく、作業が不安定になるため、まず果肉の除去を徹底することが強調されています(BOTANICAL BOX, 2025;And Plants, 2024)。
具体的には、①浸漬で果肉をふやかす、②拭き取りや摩擦で残渣を落とす、③必要に応じて紙やすり等で表面を軽く“ならして”境界を浮かせる、という順で作業の再現性が上がるとされています(BOTANICAL BOX, 2025;さぼかつドットコム, 2025)。
こじ開け操作
🔧 蓋が視認できたら、刃物やピック状の工具で“てこ”のように開けます。ポイントは、切断ではなく最小限の力で「外す」ことです。刃を深く入れすぎると内部組織を損傷するリスクがあるため、実務記事でも「刃を食い込ませすぎない」ことが繰り返し注意されています(BOTANICAL BOX, 2025;And Plants, 2024)。
| 工程 | 目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 果肉・残渣の除去 | 境界の視認性と衛生性を上げます。 | 残渣が残るとカビ・腐敗リスクが上がるため、ここを雑にしないほうが安全です(BOTANICAL BOX, 2025)。 |
| ② 乾き戻しと拭き取り | 表面の水膜を減らし、境界を見やすくします。 | 濡れたままだと滑って工具が暴れやすいので、軽く拭いて保持力を上げます(And Plants, 2024)。 |
| ③ 表面の軽い研磨 | 蓋の輪郭を浮かせ、刃の入り口を作ります。 | 削り過ぎは不要です。境界が出る程度で止めます(さぼかつドットコム, 2025)。 |
| ④ 境界への刃当て | てこの支点を作ります。 | 「切る」より「起こす」意識で、深く刺し込みません(BOTANICAL BOX, 2025)。 |
| ⑤ こじ開け | オペルキュラムを外し、開口部を確保します。 | 内部へ刃が入りすぎない角度と力で、少しずつ開きます(And Plants, 2024)。 |
| ⑥ 再浸漬 | 吸水を同期させ、表面汚染を洗い流します。 | 殺菌剤を使う運用もありますが、ここでは「科学的に最適」とは断定できないため、ラベルに従う前提で任意とします。 |
播種姿勢と置き方
🪴 蓋取り後の播種では、実務記事では「開口部(蓋を開けた面)を上にして置く」運用が繰り返し紹介されています(BOTANICAL BOX, 2025;And Plants, 2024)。理由としては、用土粒子が開口部へ詰まることや、開口部が常時過湿になって腐敗リスクが上がることを避けたい、という考え方が読み取れます(経験則)。
一方で、開口部が上向きだと幼根は一度空間へ出てから曲がって用土へ向かうため、環境が乾きやすいと幼根先端が乾燥しやすくなります。ここは「向き」そのものよりも、播種後の水分と酸素の両立が成否を左右します。酸素の拡散が水中で極端に遅くなる以上(Ben-Noah & Friedman, 2018)、湿らせるほど窒息リスクも上がるため、播種床は“濡れ”ではなく“湿りと通気”として設計する必要があります。
穴あけという代替手段
🧰 蓋位置が見つからない、あるいは蓋取りが不安定で内部を傷つけやすい場合は、穴あけを代替として選ぶ価値があります。穴あけは「新たな開口」を作るため、成功すれば吸水の立ち上がりが揃いやすくなります。一方、穴の位置と深さは作業者依存で、胚を損傷すると不可逆です。したがって穴あけは、最小の径、最小の深さで、目的が達成できる範囲に留めるほうが合理的です(Baskin & Baskin, 2014)。
🌡️💨 次に重要になるのが、播種床の温度・水分・酸素の三点をどう同時に満たすかです。発芽は「濡れていること」ではなく「濡れていて、なお酸素が届くこと」で成立します。酸素の拡散が水中で極端に遅くなるという事実(Ben-Noah & Friedman, 2018)を前提に、鉢栽培で再現可能な環境設計へ落とし込んでいきます。
播種床の物理設計
播種で最初に作るべきものは、栄養のある土というよりも、「水と空気が同時に成立する小さな根域」です。発芽のスイッチが入ると、種子は吸水して代謝が動き、やがて幼根が伸び始めます。その瞬間から、種子と根は酸素を消費し続けます。したがって播種床は、水分を保持しながらも酸素が供給される構造になっている必要があります。
ここで鍵になるのが、用土物理でいう気相率(用土の孔隙のうち、排水後に空気で満たされる割合)と、孔隙サイズ分布(大きい孔隙=空気、小さい孔隙=水という役割の分担)です。一般的な培地設計の目安として、播種・プラグ用の培地では空気孔隙(air porosity)が10〜15%、生産用の培地では15〜25%が推奨レンジとして整理されています(PTHorticulture, 2019)。もちろん、これは“パキプス専用の数字”ではありませんが、播種床を「湿らせるほど良い」と単純化してしまうのが危険だということは、この時点で十分に見て取れます。🧪
さらに鉢栽培では、容器の深さが播種床の酸素事情を大きく左右します。鉢の底には、排水後も水が残りやすい層(いわゆる飽和しやすい層)が生じ、容器が浅いほど、その層が根域に占める割合が大きくなります(Nemali, 2018)。つまり、浅いトレーほど「表面は乾いたのに、内部は酸欠」という状態が起きやすくなります。🌡️
オペルクリカリア・パキプスの播種で「発芽しない/腐る」が起きるとき、原因が種子の問題か環境の問題かの切り分けが難しくなりがちです。だからこそ、まず播種床の物理条件を“設計変数”として握り、失敗の説明がつく状態を作ります。🔎
播種床素材の選び方
播種床は、成株の用土と同じである必要はありません。むしろ発芽期は、粒径が揃い、過湿になりにくく、衛生管理しやすい材料が扱いやすいことが多いです。鉢の中で「水が保持される場所」と「空気が通る場所」を分業させる発想で、材料の性格を見ていきます。🧱
| 素材 | 強み | 注意点 |
|---|---|---|
| 軽石・硬質粒材 | 大きめの孔隙を作り、通気と排水を確保しやすいです。 | 粒が粗すぎると表層が乾きやすく、種子の吸水が途切れやすくなります。 |
| パーライト | 軽く、孔隙を増やしやすいです。播種床の気相の連続性を作りやすいです。 | 浮きやすく、攪拌や水やりで粒が動くため、表層固定の工夫が必要になります。 |
| バーミキュライト | 保水性が高く、表層の乾きムラを緩和しやすいです。 | 保水に寄りすぎると酸素が不足しやすいので、単独運用は避けるのが無難です。 |
| 細粒の無機質(細かい粒材) | 種子と培地の接触が良く、吸水が安定しやすいです。 | 細かすぎると孔隙が水で埋まりやすく、酸欠と病原リスクを上げやすくなります。 |
| ココピート等の有機質 | 保水・保湿のバッファになり、乾きすぎを防ぎやすいです。 | 量が多いほど含水が長引きやすく、衛生管理の難度が上がることがあります。 |
ここまでをまとめると、播種床の発想は「水分を持たせる」ではなく「水分を持たせながら空気を残す」です。この整理ができると、穴あけ・蓋取りという前処理も、発芽率を上げる“裏技”ではなく、水と酸素の設計に乗せるための工程として位置づけられます。🧠
温度設計と時間管理
発芽は「ある日突然起きる現象」ではなく、温度と水分条件が整った環境で、種子の内部プロセスが時間をかけて進む結果です。これを説明する枠組みとして、種子生理学には熱時間(thermal time)や水分ポテンシャル(水の動きやすさを表す指標)を組み合わせたハイドロサーマルタイム(hydrothermal time)という考え方があります。温度(T)と水分条件(ψ)が、一定の閾値を越えた範囲で積算されるほど、発芽(幼根の出現)に近づく、という整理です(Meyer et al., 2000)。🌡️
この枠組みを鉢栽培に翻訳すると、温度設計は「何℃が正解か」を言い当てるゲームではなく、発芽が進む温度帯を長く維持して、停滞する時間を減らす取り組みになります。特に室内播種では、日中は上がって夜に落ちる、という揺れが想像以上に大きくなります。夜間に温度が下がりすぎると、ハイドロサーマルタイムの積算が止まり、播種床は湿ったまま滞留して、病原リスクだけが増える、という不利な状態に入りやすくなります。🧯
なお、オペルクリカリア・パキプスに関して学術論文として「発芽適温」を系統的に示したデータは見つけにくいのが現状です。そのため、温度レンジの具体化はどうしても園芸側の運用知に頼る部分が残ります。たとえば複数の栽培記事では、発芽環境として加温(高めの床温)を前提にしている例が見られますが、これはあくまで栽培者の実務上の選択であり、科学的に“唯一の正解”として固定できるものではありません(And Plants, 2024;BOTANICAL BOX, 2025)。📌
水分設計と酸素供給
播種床で最も誤解されやすいのが、水分です。発芽に水は不可欠ですが、水が多いほど良いわけではありません。理由は単純で、酸素の拡散が水中では空気中に比べて極端に遅くなるからです。レビューでは、酸素拡散は水中で空気中の約1/10,000に低下するという原理が整理されています(Ben-Noah & Friedman, 2018)。つまり、鉢内が飽和に近いほど、根は「呼吸できない場所」で仕事をさせられます。🫧
さらに鉢の中は、排水後も全体が均一に乾くわけではありません。容器底部の飽和しやすい層は、鉢が浅いほど根域に占める割合が増えます(Nemali, 2018)。この状態で保湿カバーを強く効かせると、表面は保てても内部は酸欠になり、発芽・発根の足を引っ張ります。ここで必要なのは「乾かす」ではなく、水分と空気のバランスを保つ設計です。⚖️
保湿カバーの扱い方
保湿カバー(ドームやラップ)は、表層の乾燥を抑え、吸水を安定させる点で有効です。一方で、過度の保湿は立枯病(発芽前後の苗が倒れて腐る病害)を誘発しやすくなります。立枯病は、過湿・低温・通気不良などで起こりやすいことが、園芸の指導資料でも繰り返し注意されています(University of Minnesota Extension, 2024)。🧫
そのため、保湿カバーは「ずっと密閉する道具」ではなく、吸水を安定させるための一時的な装置として扱うのが合理的です。発芽が始まったら、徐々に換気を増やして、用土表層の結露・停滞水を減らし、苗の周りに空気が流れる状態へ移していきます。ここで重要なのは、カバーを外すことそれ自体ではなく、酸素と病原リスクのバランスを改善する方向へ環境を動かすことです。🌬️
衛生管理と病原リスク
パキプスの播種で、発芽率と並んで差が出るのが衛生です。ここでいう衛生は、精神論ではなく、病原体の密度と侵入機会を下げる管理です。立枯病は、発芽前後の種子・苗が病原菌に侵されて腐敗する現象で、過湿や低温、通気不良がリスクを上げることが知られています(University of Minnesota Extension, 2024)。🧴
科学的に言える範囲での要点は、次の通りです。
第一に、新しい培地と清潔な容器を使うことは、病原菌の初期密度を下げます。再利用鉢・用土は、目に見えない形で病原体を持ち込みやすく、播種環境としては不利になります(University of Minnesota Extension, 2024)。第二に、播種床の水分が長時間飽和に寄るほど、酸素不足と病原リスクが同時に高まりやすいので、培地物理(気相率)と換気でリスクを下げます(PTHorticulture, 2019;Nemali, 2018)。🛡️
殺菌剤については、「衛生と物理条件の補助」として位置づけるのが安全です。薬剤は、用土が酸欠で停滞水がある状況を“勝ち”には変えません。まず環境の設計で勝ち筋を作り、そのうえで必要に応じてラベルに従って補助的に扱う、という順番が再現性を上げます。🧪
発芽後の初期管理
発芽後の失速は、「発芽したのに育たない」という形で現れます。ここは播種の成功・失敗が混線しやすいので、発芽後を形態で区切って観察すると判断が安定します。🌱
幼根の出現
幼根(radicle)は、発芽の定義そのものに当たる部位です。幼根が出た瞬間から、根は酸素を使って代謝し、細胞分裂と伸長を進めます。ここで過湿・酸欠があると、根は伸びず、種子側の貯蔵資源だけが消費されて、やがて腐敗に向かいます。したがって発芽後は、「湿度を上げ続ける」のではなく、根域に空気が入る状態へ寄せるのが合理的です(Ben-Noah & Friedman, 2018;Nemali, 2018)。🫁
子葉から本葉への移行
子葉の段階では、種子が蓄えた資源が成長を支えますが、本葉が立ち上がると光合成の比重が増えます。ここからは光環境が重要になります。ただし、いきなり強光に晒すと葉が焼け、成長が止まることがあります。発芽直後は「明るさ」よりも「安定」を優先し、本葉が安定してきたら段階的に光量を上げていきます。☀️
初期施肥の位置づけ
施肥は早ければ良いわけではありません。一般的な播種育苗の指導では、発芽直後から濃い施肥を入れるのではなく、苗が育ってから薄い濃度で始めることが勧められています(University of Minnesota Extension, 2024)。パキプスでも、根が弱い段階で塩類濃度が高い環境に置くと、吸水が阻害され、根の立ち上がりを遅らせる方向に働きます。🧂
ここで大切なのは「肥料を入れるか」ではなく、光合成と根域の酸素が成立しているかです。根が呼吸できず、葉が光を受けていない状態では、肥料は成長のアクセルになりません。まず環境の土台を整え、施肥は最後に足します。🧠
失敗パターンの切り分け
播種は、同じ条件を再現したつもりでも結果が揺れます。だからこそ、失敗を「運が悪かった」で終わらせず、症状から原因仮説を立てて次の一手を選ぶことが重要です。下の表は、パキプス播種で起きやすい現象を、用土物理・温度・衛生という軸で整理したものです。🧩
| 症状 | 起こりやすい原因 | 次に試すこと |
|---|---|---|
| 発芽前に種が黒く柔らかくなる | 過湿で酸素が不足し、腐敗が進みやすい状態です。衛生管理が弱いと加速します(University of Minnesota Extension, 2024)。 | 粒径・気相率を上げ、密閉度を下げます。容器を深めにして底部飽和の影響も減らします(Nemali, 2018)。 |
| 幼根だけ出て止まる | 温度が低くて進行が遅い、または根域酸素が不足して伸長が止まります(Meyer et al., 2000;Ben-Noah & Friedman, 2018)。 | 床温の安定と、用土の通気確保を優先します。水やりで飽和に寄せない設計に戻します。 |
| 発芽後に苗が倒れてくびれる | 立枯病の典型像です。過湿・通気不良がリスクになります(University of Minnesota Extension, 2024)。 | 換気を増やし、結露を減らします。清潔な培地・容器を徹底し、群生させ過ぎないようにします。 |
| 発芽が極端に揃わない | 種子の活力差、吸水ムラ、温度ムラが重なることが多いです(Meyer et al., 2000)。 | 播種床の均一性(粒径と水分)と温度の安定を上げます。種子ロットの違いも疑います。 |
そして忘れてはいけないのが、種子そのものの品質です。種子は保存条件(温度・含水率)で劣化速度が大きく変わります。古典的な整理として、種子の寿命は保存温度が5℃上がるごとに半減し、含水率が1%上がるごとに半減する、という目安が紹介されています(Harrington, 1972;Justice & Bass, 1978)。このルールは万能ではありませんが、少なくとも「同じ播種条件でもロットで結果が変わる」ことを、科学的に説明する入口になります。📦
参考文献
- And Plants (2024). オペルクリカリア・パキプス 実生の記録(蓋取り等の運用例として参照)。
- Ben-Noah, I. & Friedman, S. P. (2018). Review and evaluation of root respiration and of natural and agricultural processes of soil aeration. Vadose Zone Journal.
- BOTANICAL BOX (2025). オペルクリカリア・パキプス 種の殻割り・蓋取り(運用ノウハウの整理として参照)。
- Harrington, J. F. (1972).(種子貯蔵の“Thumb Rules”として紹介される目安。二次資料としてJustice & Bass, 1978を参照。)
- Justice, O. L. & Bass, L. N. (1978). Principles and Practices of Seed Storage. USDA Agriculture Handbook 506.
- Meyer, S. E., Debaene-Gill, S. B., & Allen, P. S. (2000). Using hydrothermal time concepts to model seed germination response to temperature, dormancy loss, and priming effects in Elymus elymoides. Seed Science Research, 10, 213–223.
- Nemali, K. (2018). Understanding the Pores of a Soilless Substrate. Purdue Extension (HO-287-W).
- PTHorticulture (2019). Growing Media: Substrate Physical Properties (空気孔隙などの設計目安の整理)。
- University of Minnesota Extension (2024). Damping-off(立枯病の概要と予防・管理)。
育成用土としてのPHI BLEND
播種床は「発芽のための環境」であり、育成用土は「根域を育てる環境」です。発芽が安定し、根と本葉が動き始めた段階では、より長期の根域設計として通気と排水を主軸にした用土へつなげると、塊根の肥大と枝葉の充実を両立させやすくなります。🪴
その設計例として、Soul Soil StationではPHI BLENDを用意しています。
| 区分 | 構成 |
|---|---|
| 比率 | 無機質75%/有機質25% |
| 無機質 | 日向土、パーライト、ゼオライト |
| 有機質 | ココチップ、ココピート |
