冬季の肥料:休眠・弱光期の扱い

はじめに

🌱冬の鉢管理では、肥料を「止める」のか「微量だけ入れる」のかで迷いやすくなります。判断の鍵は、植物体の代謝・根の働き・用土中の養分動態という三つの物理・生理プロセスが、低温と弱光でどの程度まで鈍るかを理解することにあります。本稿では、夏型(パキポディウム、アデニウム、アデニア、アガベ等)と冬型(亀甲竜、オトンナ、ケラリア、塊根性ペラルゴニウム等)を分け、10℃以下の屋内環境での施肥判断を、植物生理学・土壌学・微生物生態学の知見に基づいて整理します。

冬に何が起きているのか:代謝・根・微生物の三点セット

🌡️休眠(低温・弱光で生長を一時停止する適応)の成立

落葉性を含む多くの多年生植物は、日長の短縮と気温低下に応じて生長を止め、芽や地上部を保護する層を形成して冬を越えます。これは低温ストレスと資源枯渇に対する戦略で、代謝需要と水分需要を極端に引き下げます(Nilsson, 2022)。

🦵地温(根圏の温度)低下による根機能の鈍化

根の伸長と吸収は地温に強く依存します。温帯性樹木の実験では、地温が約6℃を下回ると新根形成がほぼ停止し、10℃付近でも機能は著しく低下します(Alvarez‑Uria & Körner, 2007)。鉢内でも同様で、根が動かない期間に肥料を入れても吸収されにくく、用土内に残留しやすくなります。

🧪微生物活性(土壌中の分解・変換)と硝化(アンモニウム→硝酸への酸化)の失速

土の中で働く微生物は温度に敏感で、気温や地温が下がると動きが鈍ります。おおまかにいえば、気温が10℃下がると分解の速さは半分程度に落ちることが多いとされています。特に硝化(肥料のアンモニウムが硝酸に変わる過程)は寒さに弱く、10℃を下回ると急に遅くなり、5℃前後ではほとんど進まなくなることもあります。そのため冬の間はアンモニウムが土の中に残りやすく、これが翌春に根を傷める原因になる場合があります。

塩類集積とEC:冬に起きやすい“見えない肥料過多”

🧂EC(電気伝導率:溶解塩類の目安)を指標にする理由

鉢内に吸収されなかった肥料は塩類集積を招き、根の浸透圧ストレスやイオン毒性を引き起こします。現場ではポアスルー法(鉢底からの浸出液を採取してEC・pHを測る簡便法)で塩類状態を監視できます。生育期の一般的な目安として、浸出液ECが概ね0.5〜2.0 mS/cmの範囲に収まると適正域だとされます(NC State Extension, 2013)。冬の休眠・弱光期は吸収が止まるため、同じ施肥量でもECが上がりやすく、フラッシング(たっぷり潅水して過剰塩を洗い流す)が必要になる場合があります(e‑GRO, 2018)。

夏型と冬型で分ける施肥判断:温度×光で“ゲート”を設定する

区分冬の生理10℃以下での基本方針例外の扱い
夏型パキポディウム、アデニウム、アデニア、アガベ等休眠〜半休眠。光合成・吸水が強く低下🚫施肥停止。水も最小限に絞る。塩類は潅水で洗い出す🌤️日中15℃以上・強い補光が確保される短期間のみ、再始動の兆しが出た株に極薄の追肥を検討
冬型亀甲竜、オトンナ、ケラリア、塊根性ペラルゴニウム等冬に展葉・伸長。生育はあるが低温で遅い✅環境が整えば低濃度で点滴的に施肥。ただし5〜10℃で根機能は鈍い🌥️日照が乏しい・地温が低い日は施肥を見送る

冬型(亀甲竜・オトンナ等)の実務:低濃度・低頻度・硝酸主体

🍂冬が生育期でも、根と微生物の反応は平常時より遅くなります。そこで、施肥は濃度を落とし(目安N換算50〜75 ppm)頻度を落とし(2〜4週間に1回程度)、さらに硝酸主体の処方を選びます(MSU Extension, 2023;UMass Extension, 2020)。アンモニウム態が多い配合は低温域で硝化が進まず、アンモニウム蓄積や根障害の引き金になりやすいからです(Sonneveld & Voogt, 2009;GrowerTalks, 2019)。

💡補光は施肥の前提条件です。冬の日照だけではエネルギーが足りず徒長のリスクが高まります。日中10〜15℃を確保しながら育成用LEDで8〜10時間の補光を行うと、投入した肥料が同化に使われやすくなります。ECはポアスルーで定期確認し、上振れ時は潅水で洗塩してから給液に戻します(NC State Extension, 2013)。

夏型(パキポディウム・アデニウム・アデニア・アガベ等)の実務:基本は“与えない”

🛌夏型は冬に意図的に休ませることが翌季の伸びを決めます。10℃以下が続く環境では、施肥は停止し、潅水も塊根のしわ戻し程度に留めます。夜間5℃近くまで下がる場所では窓際から離して冷輻射を避け、日中の過加温は避けます。冬でも高温・強光に当たると活動が再開し、弱光下で徒長しやすくなります。CAM型の多肉は夜間にCO2を取り込みますが、低温・弱光下では同化量が小さく、施肥が生長に直結しません(Lüttge, 2004;Winter, 2015;Winter, 2022)。

鉢の中で起きる化学:アンモニウム蓄積とイオンバランス

⚠️低温下ではアンモニウムが硝化されにくく残留します。アンモニウム過多は根の呼吸やカルシウム取り込みを阻害し、黄化や生長停止を誘発します(Sonneveld & Voogt, 2009;PT Horticulture, 2015)。N源は硝酸主体をベースにし、冬の液肥は薄く作り、ECで肥料塩を管理します。なお、カリやナトリウムを多く含む原料由来の塩分が残留すると、春先に急に水を戻したとき逆浸透で根が水を吸えず、萎れの原因になるため注意が必要です(e‑GRO, 2018)。

用土設計と資材:冬の“安全マージン”を大きく取る

🪴冬は通気性・排水性が保たれ、かつ緩衝能(pHや塩分の変動を和らげる力)が一定ある用土が安全です。無機骨格(例:日向土・パーライト)を主にし、少量の有機質で保水・保肥を補う設計は、過湿と乾きすぎの両リスクを抑えます。ゼオライトは陽イオン交換容量が高く、アンモニウムを吸着して濃度スパイクを和らげる助けになります(Hedström, 2001;Eberle et al., 2023)。一方、ココ由来資材はロットによりKやNaの初期含量やpHが異なることがあるため、洗浄・緩衝済みの資材を選び、投入初期のECを確認すると安定します(Mariotti et al., 2020)。

実務ミニチェックリスト(最小限)

  • 🧊最低温度が10℃を下回る期間は、夏型は無施肥、冬型は低濃度・低頻度を厳守します。
  • 💡補光なしでの施肥は徒長のリスクが高まります。施肥は光量とセットで考えます。
  • 🔍ポアスルーでECを定期確認します。上振れ時はまず洗塩してから再開します。
  • 🧪冬の施肥は硝酸主体を基本にし、アンモニウム比は低く保ちます。
  • 🪴用土は通気性の高い無機主体+少量有機をベースにし、ゼオライト等で緩衝力を補強します。

まとめ:冬は“入れる勇気”より“止める勇気”

冬季は、代謝・根機能・微生物の三点が同時に鈍化するため、同じ施肥でも塩の副作用が表に出やすくなります。夏型は止めるを原則に、冬型は環境が整った日に限って低濃度で点滴的に与える方針が、最も再現性の高い管理になります。春に向けて塩類を残さず、根を傷めないことが、次の生長期の立ち上がりを決めます。

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参考文献

Alvarez‑Uria, P., & Körner, C. (2007). Low temperature limits of root growth in deciduous and evergreen temperate tree species. Functional Ecology, 21, 211–218.

Bååth, E. (2018). Temperature sensitivity of soil microbial activity modeled by the square‑root equation. Global Change Biology, 24, 2854–2867.

Davidson, E. A., & Janssens, I. A. (2006). Temperature sensitivity of soil carbon decomposition and feedbacks to climate change. Nature, 440, 165–173.

Eberle, S., et al. (2023). Natural zeolites for the sorption of ammonium. Water, 15, 415.

e‑GRO (2018). Dealing with salty irrigation water. e‑GRO Alert, 8(3).

ISU Extension (2014). Fall nitrogen applications and soil temperature. Iowa State University Extension and Outreach.

Lüttge, U. (2004). Ecophysiology of Crassulacean Acid Metabolism (CAM). Annals of Botany, 93, 629–652.

Mariotti, B., et al. (2020). Coconut coir as a sustainable nursery growing media for forest tree seedlings. Forests, 11, 522.

MSU Extension (2023). Ensuring proper fertilizer concentration in greenhouse growing. Michigan State University Extension.

NC State Extension (2013). The Pour‑Through Extraction Procedure: A Nutrient Management Tool for Nursery Crops. North Carolina Cooperative Extension.

Németh, A., et al. (2023). Temperature dependence of nitrification in a membrane‑aerated biofilm reactor. Frontiers in Microbiology, 14, 1114647.

Nilsson, O. (2022). Winter dormancy in trees. Current Biology, 32, R630–R634.

PT Horticulture (2015). Ammonium toxicity.

Sonneveld, C., & Voogt, W. (2009). Plant Nutrition of Greenhouse Crops. Springer.

UMass Extension (2020). Fertilizing bedding plants. University of Massachusetts Amherst.

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