根ジラミ(根部カイガラムシ)の発見と対応:見えない根圏で起きていること
鉢を抜くまで見えない根ジラミ(定義:土中で根に寄生し樹液を吸うカイガラムシ類の総称)は、乾いた綿のようなロウ質(定義:虫体や卵嚢を覆う防御ワックス)に身を包み、静かに根を弱らせます。気づくと成長が止まり、発根も衰え、株は回復に長い時間を要します。ここでは根圏(根の周囲の微小環境)の科学に立脚し、発見の勘所から、物理・化学・生物的防除、再発を防ぐ用土設計まで、家庭の鉢で実行できる手順に落とし込みます。
ちなみに同じ「カイガラムシ」と呼ばれる仲間でも、コナカイガラムシと根ジラミ(根部カイガラムシ)は発生する場所も対処法もまったく異なります。前者は葉や茎など地上部に白い綿状のロウをまとって現れ、風通しの悪い室内や葉腋のすき間で繁殖します。一方、根ジラミは土の中の根表面に寄生し、見えないまま養分を吸い取って株を衰弱させる「地下の害虫」です。コナカイガラムシはブラッシングやアルコール綿棒など物理的な拭き取りが主な対策ですが、根ジラミは発見後に鉢を抜いて洗根・用土交換が必要になります。いずれも「弱った株」に集中するため、日頃から清潔で通気性の高い環境と健全な根張りを保つことが最大の予防策です。見える敵(コナカイガラムシ)と見えない敵(根ジラミ)──どちらも塊根植物・多肉植物を長く育てる上で無視できない存在です。

🔑 サマリー
- 見分けは「生長期なのに明らかな停滞+鉢抜きで白い粉状/綿状物」が核心。疑わしければ必ず根を見る(LOVEGREEN, 2019)。
- 初動は隔離→根洗い→古土の廃棄→熱水 or 浸透移行性剤の土壌処理。熱水は46–51℃で10–15分が実証域(Hara, 2002;Gill, 2019)。
- 化学的には浸透移行性(定義:根から吸収され体内を移行する)粒剤/灌注が届きやすい。家庭園芸の定番はオルトランDX粒剤など(KINCHO, 2025)。効果継続は「アブラムシで約1か月」の指標(KINCHO, 2025)。
- 再発防止は清潔な無機質主体の用土+水分ストレスの緩和。毛管水分を確保しつつ過乾燥を避ける。容器培地の空気・水バランス設計が土台(Raviv & Lieth, 2008;Soul Soil Station, 2025)。
1.「発見」の技術:地上部の兆候から根の現物確認へ
根ジラミは地上から見えません。したがって兆候→確証の二段構えが実務的です。兆候は「生長期にもかかわらず新葉が出ない/葉色が鈍い/下葉が萎れる」「潅水しても吸い上げが鈍い」など。確証は鉢から抜いて根を視認し、白い粉・綿状の塊、細根の褐変・空洞化、鉢底石や用土粒間の白いロウ片を確認することです(LOVEGREEN, 2019)。コレクションが密置の温室・棚では、隣鉢へクロウラー(定義:孵化直後の移動性幼虫)の歩行で広がるため、疑わしき株は即時隔離します(GrowerTalks, 2019)。
2.生活環と拡散:なぜ止まらないのか
根ジラミ(Rhizoecus など)は、綿状の卵嚢を根の周囲に付け、孵化したクロウラーが新たな根へ移動して定着します。温度により差はありますが、温室条件で約2–4か月程度で世代を回し(GrowerTalks, 2019)、潅水時の流水・受け皿、鉢底穴からの移出、共用ツールや古土などを経て、棚全体に拡散し得ます。ゆえに「隔離・検疫・器具の洗浄」がIPM(総合的病害虫管理)の第一手です(Soul Soil Station, 2025)。
3.被害メカニズム:植物生理に何が起きるか
根ジラミの吸汁(定義:師管・道管の樹液を吸う行為)は、根の局所的な脱水と代謝コストの増大を招き、結果として水分・無機栄養の供給が慢性的に不足します。上部ではクロロシス(黄化)、葉の小型化、成長停止に繋がります。根系の機能表面積が削られるため、再発根にも時間がかかります。根の創傷は病原微生物の侵入点となり、特にユーフォルビア等では二次的軟腐を誘発しやすくなります(GrowerTalks, 2019)。
4.発生しやすい環境:土壌物理・微生物・水分管理
容器栽培では、用土の気相率(定義:空気が占める体積比)と毛管水分(定義:粒間毛管に保持される水)が生存環境を決めます。極端な粗粒配合は保水が乏しく、植物側が水ストレスに傾くため、乾燥を好む害虫群が優勢になりやすい一方、過湿は根傷みと病原増を招きます(Raviv & Lieth, 2008)。実務的には、日向土やゼオライト等の無機骨格で通気・排水を確保しつつ、ココピート等で薄い保水層を作る配合が、過乾燥と過湿の両極を避ける有効打です(Soul Soil Station, 2025)。また、未熟有機物や古土は卵・病原の混入リスクがあるため、感染株の用土は必ず密封廃棄し、新品の清潔用土へ更新します(Soul Soil Station, 2025)。
5.初動プロトコル:隔離→根洗い→熱水/薬剤→植え戻し
🧼 ステップA:隔離と根洗い
疑い株は場所を移し、鉢から抜いて流水で用土を全除去。柔らかいブラシや綿棒でロウ質と卵嚢を丹念に落とし、黒ずんだ細根は剪除します。鉢底石は卵の隠れ場になりやすいので廃棄。使用ツールは洗浄・乾燥します(LOVEGREEN, 2019;Soul Soil Station, 2025)。
🔥 ステップB:熱水処理(オプション)
根鉢(または根)を46–51℃の温水に10–15分浸漬し、その後16–21℃で約10分クールダウンする手順は、Rhizoecus 類を100%致死にできたとする報告があります(Hara, 2002;Gill, 2019)。ただし多肉質な塊根では熱ショックの危険があるため、小鉢で試験してから適用します。
🧪 ステップC:化学的処理(土壌処理を主体に)
地中害虫には浸透移行性の土壌処理が届きやすく、粒剤の全面散布→潅水または有効成分の灌注が実務的です。家庭向けで入手しやすい例として、オルトランDX粒剤(有効成分:アセフェート2.5%+クロチアニジン0.25%、農水省登録21733)は「アブラムシで約1か月」の持続が指標で、隠れた部位にも作用が及びます(KINCHO, 2025)。IRAC 4A系ではアルバリン(ジノテフラン)顆粒水溶剤も家庭園芸向け製剤が流通しています(Mitsui Chemicals/農家web, 2025)。卵・若齢の脱皮阻害にはIGRのブプロフェジン(アプロードフロアブル等)が有効(Nichino, 2024)。いずれもラベルの作物・適用害虫・用量を厳守してください。
🌱 ステップD:乾燥・植え戻し・観察
処理後は半日~1日陰干しで根面を乾かし、清潔な無機質主体の用土に植え戻します。植え戻し後10–14日は新根形成を見極めつつ、再点検を行います(GrowerTalks, 2019)。
6.化学的防除の設計:家庭で入手しやすい製品の位置づけ
以下は日本のホームセンター等で求めやすい代表製品と位置づけの例です(必ず各製品ラベルをご確認ください)。
- 🟢 オルトランDX粒剤(アセフェート+クロチアニジン):浸透移行性の粒剤。土にばら撒き潅水で吸収。「アブラムシで約1か月」持続の目安(KINCHO, 2025)。
- 🟡 ベニカXガード粒剤(クロチアニジン+BT):浸透移行性+生物的成分。根から吸収して広域の吸汁性害虫に(KINCHO/MAFF, 2019)。
- 🔵 アルバリン顆粒水溶剤(ジノテフラン):IRAC 4Aの顆粒水溶剤。家庭園芸向け規格が流通(農家web, 2025)。
- 🧩 アプロードフロアブル(ブプロフェジン):IGR。カイガラムシ類の幼虫期を狙い、世代更新を断つ補助剤(Nichino, 2024)。
※スプレー剤(例:ベニカXファイン)は地上部のコナカイガラムシ等に有効ですが、根ジラミには土壌処理を優先します(KINCHO/MAFF, 2009)。
7.生物的・物理的アプローチの合わせ技
熱水やブラッシング等の物理的除去はロウ質で守られた根ジラミにも確実に届きます(Hara, 2002;Gill, 2019)。一方、生物的にはBeauveria bassiana(昆虫寄生菌)や有用線虫など温室試験で抑制が示唆されていますが、家庭向けの専用品は限定的です(GrowerTalks, 2020)。市販のBT含有粒剤(ベニカXガード等)を化学剤ローテーションに組み込み、薬剤抵抗性のリスクを下げる運用が現実的です。
8.属ごとの勘所:アガベ/パキポディウム/ユーフォルビア
🗡️ アガベ:地上部が堅牢で不調に気づきにくい。葉色の鈍りや芯の動きの鈍化がサイン。鉢抜き検査を生長期に年1回は組み込むと早期発見につながります(GrowerTalks, 2019)。
🌵 パキポディウム:休眠期に増殖すると春の芽出しが悪化。塊根は多汁質で熱に弱めのため、熱水は小スケール試験→本番の順に。灌注主体で。
🌿 ユーフォルビア:吸汁で根元が緩みやすく、過潅水が重なると二次的軟腐に注意。根洗い後の乾かし時間を十分に取り、清潔な用土へ。
9.再発させない設計:清潔性・検疫・用土リフレッシュ
発生源は新規導入株・古土・器具に集約されます。購入株は隔離検疫、古土は密封廃棄、鉢・道具は洗浄・乾燥の衛生動作を習慣化します(Soul Soil Station, 2025)。用土は無機質骨格75%+有機質25%前後(例:日向土・パーライト・ゼオライト+ココチップ・ココピート)が、通気排水と保水のバランスを取り、過乾・過湿の両方を避けやすい設計です(Raviv & Lieth, 2008;Soul Soil Station, 2025)。
🗂️ 症状→原因→対処の早見表
| 症状 | 考えられる原因 | 推奨対処 |
|---|---|---|
| 生長期なのに成長停止・葉が小さい | 根ジラミの吸汁で根機能低下 | 鉢抜きで確証→根洗い→粒剤または灌注(KINCHO, 2025;GrowerTalks, 2019) |
| 根に白い粉・綿状物が付着 | 虫体・卵嚢のロウ質被覆 | ブラッシングと流水で物理除去→熱水46–51℃×10–15分 or 薬剤(Hara, 2002;Gill, 2019) |
| 再発を繰り返す | 古土・器具の再汚染/水分ストレス | 古土廃棄・器具洗浄・無機質主体用土へ更新(Soul Soil Station, 2025) |
10.仕上げ:用土を「敵の棲みにくい環境」にする
根ジラミは環境で抑えるのが最終解です。粒度安定性の高い無機骨格で通気・排水を担保し、ココ由来有機質で薄い保水層を作ると、乾燥ストレスを和らげつつ過湿も避けられます(Raviv & Lieth, 2008)。この考え方に沿った培養土の一例として、PHI BLEND(無機質75%:日向土・パーライト・ゼオライト/有機質25%:ココチップ・ココピート)が挙げられます。初動対応を終えた株の植え戻しや、再発防止の更新用土として検討してください。
🛒 製品ページ:PHI BLEND – Soul Soil Station
病害虫・衛生関連の総合記事はこちら:塊根・多肉植物の病害虫・衛生完全ガイド【決定版】
参考文献
Hara, A. H. (2002). Hot-water treatments of potted palms to control burrowing nematode and root mealybugs. University of Hawaii, CTAHR.
Gill, S. (2019). Root Mealybug: What You Don’t See is Hurting Your Plants. GrowerTalks.
Gill, S. (2020). Novel insecticides and biologicals against Rhizoecus. GrowerTalks.
Raviv, M., & Lieth, J. H. (2008). Soilless Culture: Theory and Practice. Elsevier.
LOVEGREEN編集部 (2019). 知っておきたい多肉植物の害虫—予防と対策.
Soul Soil Station (2025). 塊根・多肉植物の病害虫・衛生完全ガイド【決定版】、および関連記事。
KINCHO(旧 住友化学園芸) (2006–2025). 製品情報:オルトランDX粒剤/ベニカXガード粒剤、農薬登録・適用表資料。
Mitsui Chemicals Crop & Life Solutions (2025). ジノテフラン製剤(スタークル/アルバリン)技術情報。
Nichino(日本農薬) (2024). アプロードフロアブル 技術資料・適用表。
📝 安全上の注意:農薬は必ずラベルの「適用作物・適用害虫・使用方法・使用量・回数」を遵守し、屋内使用時は十分な換気を行ってください。家庭での扱いが不安な場合は、粒剤の「用土表面散布→潅水」の方法が実務的で、薬液の飛散が少なく管理しやすい運用です。
♻️ リスク低減のコツ:同じ作用機構(IRACコード)の連用は避け、物理(根洗い・熱水)× 化学(粒剤/灌注)× 生物(BTなど)を少量ずつ組み合わせると、再発防止と耐性抑制の両立が図れます。
